A.
彼女をいつから好きだったのかと聞かれると、正直困ってしまう。
気づけば好きだった。そういうのって、よくあることだ。
この想いが届く事がないなんて事は、百も承知。なんとも厄介な相手に惚れたものだと、自分でも呆れる。
それでもこの場から動けないでいる私は、どうしようもなく彼女の事が好きなのだ。
ホントはね。
もう少しだけ、傍にいたい。
そんな想いで、止まる足。
甘く痺れる、かなしばり。
◆ ◆ ◆
十五夜だ!お月見だ!なーんて理由をつけて、いつものように飲めや歌えや、踊れや騒げやのどんちゃん騒ぎをした帰り。
余韻に浸りながら、珍しく宴会の場に顔を出したアリスと二人で帰っていた、そんな時の事だった。
――どこまでついて来るつもり?
そんな彼女の一言から始まった、口喧嘩。
素直に送りたいんだと言えば済むだけの話だったのだろうけれども、どうしても私はその言葉を言えなくて。
もっと一緒にいたいんだよと。もう少しだけ隣に居させて欲しいんだよと、素直にそう言えばいいだけだったはずなのに。
――暗い暗い森の中、ひとりぼっちのアリスちゃんが迷子にでもなるといけないからな。
いつの間にか口からこぼれ落ちてしまったのは、そんな可愛げのない言葉だった。
そこから気づけば大喧嘩。真っ暗な魔法の森に、二人の魔法使いの声が響き渡る。さぞ近所迷惑だったことだろうけれども、近所に人らしい人なんて住んでないのだから関係ない。
「じゃあ、そういう事で。さようなら」
「へーへー!さ、よ、う、な、ら!」
アリスは別れの挨拶をして、私に背を向ける。
心とは裏腹に、いーっとしながらアリスが背中をただ見ているだけな私。
「……したくないよ」
ある程度離れたところで、アリスには聞こえないように小さな声でつぶやいたそれは、酷く掠れて、滲んで、不格好で。
本当はさ、もっともっと話がしたかったんだ。
久々に一緒に呑めて楽しかったとか、今日は少しでも楽しかったかとか。
そんな些細なことでいい。そんな事を、二人っきりでゆっくり話したかった。
月明かりに照らされて微笑むあなたの姿を、隣でもっと見ていたかった。
もっともっと、魅せられていたかったのに。
「――っ!」
ぐっと拳を握って、歯を食いしばって。
思わず零れ落ちそうになった涙を誤魔化すようにぎゅっとぎゅっと目を瞑って、俯いた。
これでいいのか?って、自分に何度も何度も問いかける。
いっつもいっつも、こうやって私は迷ってばかりで、答えを出せなくて。
わかってるのに。
こうしているうちに、アリスの背は完全に見えなくなってしまうんだってこと。
いつだって、私はひとりぽつんと、こうやって残されてしまうんだ。
本当はさ、迷子になってしまうのはいつだって私の方なんだよ。
暗い暗い森の中。先程まで目の前にあったはずのアリスの背は、少しずつ遠ざかっているのだろう。
ゆっくりと一歩ずつ。けれども確実に遠ざかっていくその背中。
きっともうすぐ、暗闇に紛れて完全に見えなくなってしまうのであろう。
そっと、目を開ける。
遠ざかっていく背中を確認するのも嫌だけれども、その背を見送れない方が嫌だった。
いつのまにか彼女を見失ってしまうことが、やっぱり何よりも嫌だったから。
そうしてから、数秒後。
見つめる先の背中が、不意にピタリと立ち止まった。
いつもなら、暗闇に紛れてきっともう見えなくなってしまったであろう、そんな距離。
そんな距離で彼女は立ち止まって、動かなくなって。
そっとこちらを首だけ振り返るのが見えて、確かにバチンと、目が合った。
ぎゅーって、胸が締め付けられる。
遠すぎて、もうアリスの瞳の色は見えないんだけれども。
なんとなしに、絡んだ視線の先にある瞳に寂しさが滲んでいるような気がして。
なあ。
やっぱりもっと、アリスと一緒にいたいよ。
そんなシンプルな答えがひとつ、するりと心の中に落ちてきた。
握りしめていた拳を開く。
小さくなってしまったアリスを真っ直ぐ見据え、自分自身にいっせーのって掛け声をかけて。
「やっぱり、送ってく!」
恋しくてたまらないあなたと、もっと一緒にいたい。たったそれだけ、単純で明快なアンサー。
たったそれだけ胸にぎゅっと閉じ込めて、大好きなあなたの元へと駆けていく。
今、アリスはどんな顔をしているんだろう?
そんな事を考えたら、思わず笑みが溢れた。
◆ ◆ ◆
「やっぱり、送ってく!」
私の背中にかけられた、そんな声。
いつもならもう見えないはずの距離。いつも私がかなしばりにあってしまうのは、そんな距離。
それなのに、十五夜のまんまるな月に照らされた魔法の森は、どうやらそんな私を彼女に見せてしまっていたようだ。私今、きっとひどい顔してたのに。
私に気づいた彼女は、こちらに駆けてくる。
突然の事に私はどうしていいかわからなくって、その場で固まって。
そんな事をしていたら、気づけば彼女との距離、数メートル。
「アリス!」
「きゃっ!」
文字通り飛びついてきた彼女を支えきれず、二人でそのまま倒れこむ。
「ちょっと、なにしてるのよ!急に飛びついてくるなんて信じられない!」
「送って欲しいんだろ?送ってやるって!ついでに汚れたから、風呂も貸してくれよ」
「はぁ?あんたは何勝手な事言ってるのよ?というか、汚れたんじゃなくて汚したんでしょ!もう、私まで泥だらけじゃない……」
「しょうがないな、一緒に入るか」
「なんでそういう話になるのよ!」
ギャーギャーと、また二人分の声が魔法の森に響き渡る。
結局こうして流されるまま、私の家のお風呂に二人で入ることになるんだろうな、なんて思ったら、なんだか思わず笑えてきた。
私ったら、怒りながら笑ってる。変な顔してるって彼女が笑うけど、魔理沙だって同じ顔してるんだから変な顔なのはお互い様だ。
あなたと二人の、帰り道。
月明かりに照らされながら、私達はまた一緒に歩み出す。
もっともっと、傍にいたい。
そんな想いで、進む足。
甘く痺れる、かなしばり。
私のそれを解けるのは、あなただけ。
END.
2013.6.17. up.
紅楼夢8にて無料配布した『A.』の本文となります。
再配布予定が無いため、掲載させていただきます。
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