あなたの世界<後>


美鈴が倒れたとレミリアに連絡が入ったのは、あの夜から数日後のこと。
 
「恐れていたことが起きてしまったわね」
「…ええ」
 
館主の部屋で今日も親友二人はお茶会を開いていた。
二人は向かい合い、静かな部屋の中紅茶を楽しむ。
 
「まあ、ただの過労。しばらく休めばまた元気になるはずよ。身体は、ね」
「…ええ」
 
心ここにあらずといった親友に、パチュリーは小さく息を吐く。
 
「全く…本当にウチの従者は主想いなこと…」
 
そうつぶやき、紅茶を一口啜る。
 
レミリアはというと、ただ手に持ったカップの中身を見つめていた。
その琥珀色の液体に写る、自分の顔を見つめていた。
 
そんな様子を見、パチュリーはもうひとつ小さく息を吐く。
 
「ねぇ、パチェ」
「何?」
 
紅茶から目を離し、パチュリーのほうを見やる。
レミリアのその表情からは、何も読み取ることは出来なかった。

「私だって、この世界が憎いわ」
「……」
 
パチュリーはただ黙って、親友の次の言葉を待つ。
レミリアはうっすらと笑うと、言葉を続けた。
 
「あの子を奪った、この世界が憎いの。あの子を苦しめる、この世界が憎いの。
そんなあの子達に何もしてあげられないでいた無力な私がいる、この世界が心底憎いのよ」
「…ええ、気持ちはお察しするわ」
「ありがとう。でもね、パチェ」
 
言葉を切り、レミリアは再び紅茶へと視線を移す。
琥珀色の液体には、それを覗き込む自分の顔が映っている。
 
なんという顔をしてういるのであろうか、自分は。
 
「あの子が愛した世界は、そんな憎たらしいこの世界なのよ」
 
レミリアのカップに、波紋が広がる。
音も無く、静かにレミリアのその顔を隠してくれた。
 
「…そうね」
 
ただ一言、パチュリーは肯定の言葉を告げると視線を本に移す。
 
その気遣いが、嬉しかった。


少し経って、パチュリーが図書館へ帰っていった後。
ふと門に目線を移せば、そこには見慣れた紅い髪の女性は居らず。
代わりといってはおかしいかもしれないが、何人かの妖精が立っていた。
名前は忘れたが、門番隊の副隊長が今は指揮を執っているはずだ。
 
『隊長を休ませてはいただけませんでしょうか?』
 
彼女が直々に館主である私に言いに来たことは、まだ記憶に新しい。
私の部下も、いい部下に恵まれていることがわかり、あの時は本当に嬉しかったものだ。
まぁ結局、本人が休む気がなかったのでどうしようもなかったが。
 
とりあえず、彼女に任せておけば当面の間は大丈夫であろう。
大きな来襲がなければ、の話ではあるが。
もし黒いのが来たらスルーでいいと言ってはある。
あれはもう、半分客のようなものだし。
 
だがしかし、他に強敵の来襲があったら?
 
美鈴なしの門番隊では、絶対に太刀打ちなど出来ないだろう。
いくら鍛えているとはいえ、結局は妖精。
チルノクラスのものばかりならどうにかなるかもしれないが、そんなものウチにはいない。
つまりは、彼女を欠いた今、圧倒的に戦力が足りないのだ。
 
もし何かあったら、私かパチェが出るしかないわね…。
 
本当に、あの日から悩みの尽きない毎日である。
そんなことを思い、ふっと笑った。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆



一方そのころ、美鈴は自室のベッドの中にいた。
…というか、文字通りにベッドに縛り付けられていた。縄で。
 
『とにかくあなたはしばらく絶対安静になさい。小悪魔、よろしく』
『すいません、美鈴さん。でもこれも美鈴さんを思ってなんですよ?』
 
パチュリー様の命とはいえ、なにもこんなに頑丈に縛らなくてもいいだろうに。

そんなこと思い出し、美鈴は苦笑をこぼす。
 
抜け出そうとすれば抜け出せるが、そんな気にもなれない。
抜け出してふらついているのをだれかに見つかれば、次は主直々に縛られる気がする。
なんとなく。
 
こうしていると、いろいろまた思い出してしまうので嫌といえば嫌なのだが。
 
『美鈴』
 
ほら、こうやって、また。
 
「ほんと…どうしてこんなに泣き虫になっちゃったんですかねぇ…」
 
枕を濡らしながら、ひとり、ごちる。
 
『考えなさい。あの子が今、何を望んでいるのか。あなたには、わかるはずよ』
  
ふと、あの夜の主の言葉を思い出す。

『あの子を愛していたのなら、わかってあげて』
 
あの時、主はどんなことを考えていたんだろうか。
 
わかっているのだ。
私はきっと、主のことも苦しめている。
ただでさえ、咲夜を失って苦しんでいるはずなのに。
 
『皆を、お願いね。私の、大好きな、人達だから』
『もちろんです』
 
ああ、私はあの約束さえ守れていない。
彼女の願いなのに。
 
わかっている。
このままでは、いけない。
わかっている。
私は、このままでは彼女の願った世界にはいられない。
 
全部わかっているのに。
 
「…ふっ…うっ…」
 
それでも、溢れる涙は止められない。
 
あなたが、恋しい。
あなたの傍に、行きたい。
 
どうしてあの時まで、私は心に名前を付けてやれなかったのか。
 
私は、もうとっくに気づいていたはずだ。
この心の意味を。
彼女の気持ちを。
 
どうして、どうして、どうして。
どうしてが、溢れて止まらない。
あなたを想う心が、まだ。
 
いつまで私の時間は、あの時で止まっているのだろうか?
 
私の腕の中で泣いていた彼女。
あなたの涙を、私は未だ止められない。
 
届くことの無いこの心は、どこにやればいいの?
 
静かな部屋の中に、美鈴の嗚咽だけが響く。
 
ベッドサイドに置かれた写真立ての中。
それだけが、笑っていた。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆



気づけば、レミリアの足は咲夜の部屋に向かっていた。
 
質素な部屋。
いつきても、感じる感想はそんな感じ。
 
備え付けられた小さなキッチンには、ティーセットが置いてある。
 
カップが、ふたつ。
 
主である自分が寝た後、この部屋で咲夜と美鈴が過ごしていたのは知っていた。
寝る前に一緒にお茶をして、おやすみのあいさつをして、別れる。
そんなことを繰り返していた、彼女たちを。
全く、初々しい話である。
 
というか正直呆れてしまう話だ。
特に美鈴、あんたいくつよ?
咲夜も咲夜だ。
私でさえ感づいてしまうようなだった癖に、なんでそんなに奥手なのか。
 
まあ、そういった経験が無い私が何を言っても聞く耳も持ってくれないかもしれないけどね。
 
そんなことを思い、ふっと笑う。
 
なんともまあ、どうでもいい事を考えてしまった。
従者達の恋愛事情など、私には関係ない。
それを見てちょっとした暇つぶしにするくらいだ。

そっと、近くにあった椅子に座り部屋を見渡す。
 
咲夜がまだここに住んでいた頃と、何も変わらないこの部屋。
何か指示をしたわけではないが、どうやらここも定期的に掃除されているらしい。
なんだかんだ言っても、咲夜のことをみんな慕っていた証拠であろう。
 
ただちょっと帰ってきていないだけ。
 
そんな風に感じてしまう、そんな部屋。
 
「…っ…うっ…ううっ…」
 
あの日から、咲夜をどうしても感じたい時はこの部屋に来ることにした。
どうしても泣きたい時は、この部屋に来るようにした。
 
みんなの前では、泣けない。
主である私が、泣いてはいけない。
今日はうっかり、パチェの前で少しだけ涙を流してしまったけれども。
 
『お嬢様』
 
そんな声が、今でも聞こえてくるような気がして。
 
『美鈴』
 
そんな風に愛しそうにあの子を呼ぶ声が、どこかから聞こえる気がして。

どんっ、と、近くにあった棚を叩く。
上に載っていたものが床に落ちたが、気にしてなどいられなかった。
 
「ねぇ、咲夜。私はどうすればいいの…?」
 
あの夜、あの子をもっと追い詰めてしまったのは私かもしれない。
 
「そうすれば、あの子を笑わせてあげられるの…?教えてよ、咲夜ぁ…」
 
咲夜。
 
その名前を呼ぶのは、本当に久しぶりだ。
 
いつしか、この館の者たちはその名を呼ばなくなった。
 
示し合わせたわけでもなく、本当に、いつのまにか。
 
その名を呼んでも、もう答えてくれる人がいないことを、認めたくないかのように。
 
「咲夜ぁ…」
 
立っていられなくなり、その場にしゃがみこむ。
 
お願いだから、教えてほしい。
 
あの子にどうすれば笑顔を取り戻させて上げられるの?
 
どうすれば、苦しみの底から拾い上げてあげられるの?
 
誰よりもあの子を愛したあなたなら、知っているのでしょう?
あの子の笑わせ方を。
苦しませない方法を。
 
あのままでは、あの子は壊れてしまう。
いや、もう壊れてしまっているのかもしれない。
 
これ以上、あの子が壊れる前に、お願いだから。
 
「あの子を…救ってあげてよ…」
 
いくら願っても、縋っても。
 
レミリアの声はただ無情に響いていくだけ。
 
主を無くした部屋に、ただ響くだけ。

しばらくそのまま泣いていたレミリアだったが、涙を拭くと立ち上がる。
こんなことをしていても、状況は変わらない。
そんなこと、わかっている。
 
「写真たて、落としちゃったわね」
 
少し腫れぼったくなってしまった顔でそう呟くと、先程落としたものを拾い上げる。
 
そこには笑って写る紅魔館のメンバー。
みんなが笑っていた、そんな時のもの。
 
懐かしさが溢れ、また瞳が潤むが、ぐっと堪える。
もう、泣く気は無かった。
 
「…あら?」
 
そこで、ふと気づく。
裏が、変な風に盛り上がっている。
 
怪訝に思い開いてみる。
 
「これは…」
 
取り出せば、そこには紅魔館の皆様へとある。
ありきたりな白い封筒に入った、一通の手紙だった。




◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 
「あの子からの手紙?」
 
紅魔館の地下──そこにパチュリーが住処とする図書館がある。
膨大な本の量に、初めて見たものは圧倒されるのが常だ。
 
「ええ、写真の裏から出て来たの。ついさっき、ね」
 
そんな一角で、レミリアとパチュリーは向かい合って座っていた。
 
「…遺書、ということになるのかしら?」
 
手に持つ本は離さずに、顔だけ上げてパチュリーは言う。
レミリアはそれを見ると、大げさに手を振りわからないわと手振りで伝える。
 
「正直自分ひとりでは見る勇気が、ね」
「…それでここに来て一緒に、というわけね」
「そういうことよ」
 
ひらひらと白い封筒をい振りながら、レミリアは言う。
 
「正直、少しムカつくわ。こんなものを残していたって事は、あの子自分の死期をちゃんと悟っていたって事でしょう?」
「まあそれは内容次第ね。それにしても…」
 
どうぞ、と子悪魔はレミリアとパチュリーに淹れたての紅茶を差し出す。
ありがとう、とレミリアは受け取るとそのまま一口。
パチュリーは目でそれを確認すると、そのまま続ける。
 
「あの子らしいといえばあの子らしいじゃない。図ったようにこんな時に出てくるなんて」
「…出てくるのが遅いのよ、本当に」
 
今までどれだけ泣き叫んでも、出てこなかったくせに。
本当に、主を一番に想わない出来の悪い従者だ、まったく。

「で、どうするの?今ここで読む?」
「そのつもりで来たんだけどね。でもこれ、私たちだけで最初に見てもいいものかしら?」
「いいんじゃない?紅魔館の皆様へ…つまりは私たちにあてた手紙でしょう?」
「そうだけど…皆様というには少なすぎるわね」
 
今現在、ここにいるのはレミリアとパチュリーと子悪魔の三人だけ。
フランはまだおねむの時間だし、美鈴は部屋にくくりつけてある。
 
さて、どうしたものか。
 
「ま、いいんじゃないかしら?紅魔館の主として、皆を代表して最初に読むというのは当たり前のことだわ」
 
さがっていいわよ、と子悪魔に指示を出し、パチュリーは再び本に目線を落とす。
 
読んで聞かせろ、ということか。
 
「…フランをたたき起こそうかしら」
 
あの子だって、一応この館の主の一人なんだからそのくらいしたってバチは当たらないであろう。
 
「やめてよね。そんなことをして癇癪を起こされたら、手紙を読むどころではなくなってしまうわ」
 
それとも、とパチュリーは再び顔を上げると、悪戯っぽく笑う。
 
「私では役不足かしら?」
「…本当にあなた意地が悪くなったわね。パチェ」
 
そんなはず無いことなど、わかっているくせに。



ピリピリっと、静かにそれの封をレミリアは破る。
 
出てきたのは、一枚の便箋と一通の封筒。
 
封筒の宛先は、当然というべきなのか。
  
「…なんで私宛には別に無いのよ。腹立たしいわね」
「まあ、読まれたくないこともあるんでしょう。色々と」
「…先に読んでやろうかしら」
 
感情そのままに悔しそうな顔をするレミリアに、呆れた顔を返してやる。
 
紅魔館の皆様へ。
そんな宛先、どうせただの照れ隠し。
どう考えても、大半はレミリアに宛てたものであろう。
この様子だと気づいているかもわからないが、そんなに門番に妬かなくてもいいだろうに。
 
レミリアが内容を読み始める前に静止をかけると、小悪魔、と再び司書を呼ぶ。
 
「これ、美鈴のところにおいてきて」
 
そういって小悪魔に先程出てきた封筒を渡す。
 
「ついでに縄も解いてあげていいわ。その後は一応、扉の外で待機して。多分大丈夫とは思うけれど…念のため」
「わかりました」
 
小悪魔が出て行ったのを確認すると、パチュリーは目でレミリアに合図を送る。
 
紅魔館の皆様へ、で始まったその手紙の内容は…やはり大半がレミリアに宛てられた物だった。




◆ ◆ ◆ ◆ ◆



美鈴はただ、その封筒を眺めていた。
 
それは先程子悪魔が持ってきたもの。
彼女はこれを渡すとすぐに部屋から出て行った。
まあ、扉の外にいるようだけれど。
 
紅 美鈴様へ
 
宛先には、確かにそうある。
 
彼女が残した、私への手紙。
 
そう思えば嬉しくて。
でも、切なくて。
 
読むのが少し、躊躇われる。
だってこれは、彼女からの最後の言葉。
彼女から私に送られる、本当に最後の言葉。
 
それでも、やはり知りたいに決まっている。
 
ええいっ、と思い切って封を開ける。
そこにはシンプルな便箋が一枚きり。
その上に、久々に見る彼女の文字が躍っている。






『紅 美鈴様へ

 これを読んでいるあなたは、今何をしているのでしょうか?
 元気にしていますか?居眠りをしていませんか?仕事、サボっていませんか?
 笑ってくれていますか?…なぁんて、畏まった文を書くのもおかしいわね。あなたと私の仲なのに。
 ねぇ、美鈴。
 あなたは知ってるでしょ?
 あなたがこの紅魔館のみんなからどれだけ愛されているかを。
 そんなあなたのことを、私がどれだけ好きだったかを。
 わからないなんていうのなら、頭にナイフよ。容赦はしないわ。
 
 ねぇ、美鈴。
 私が最初に紅魔館に来た日のこと、覚えているかしら?
 私はあなたに笑顔をもらったの。誰よりも大好きになった、あなたの笑顔を。
 あなたがそこに笑顔でいてくれるのなら、私は笑えるわ。どこにいたって、笑えるの。
 だから、笑って。
 笑えないのなら、晴れた日に空を見て。
 そこに私は笑っているから。青い目をした私が、いつでもいるから。
 今度は私があなたに笑顔をあげる。
 あなたには、私が笑顔をあげる。
 だからあなたは、みんなに笑顔をあげて。
 その悩みのなさそうな笑顔を、みんなに与え続けて。
 
 紅 美鈴。
 あなたはずっと私を好きでいなさい。
 他の誰か想うをなんて、許さないわ。
 あなたの時間も私のもの。あなたの世界も、私のもの。
 もちろん、わかっているわね?
 わかったなら、この手紙はすぐに破きなさい。
 こんなのお嬢様に見られたら、死んでしまうわ。                         』
 




読み終わった美鈴は、笑みをこぼす。
 
「死んでしまうって…もう死んじゃってるくせに…」
 
そう呟き、美鈴は笑う。
 
「どうして最後まであなたはそうなんですかねぇ…結局どこか抜けてるんだから…」
 
字が滲んでいく。
まあいいか。どうせ破らなきゃいけないものなんだし。
 
「ふっ…くくく…くぅ…っ…」
 
『ずっと好きでいなさい』
 
「ええ…ずっと好きでいますとも…」
 
『あなたの世界も、私のもの』
 
「そりゃそうですよ…わたしの世界から、あなたは絶対消えないんですから…」
 
『その悩みのなさそうな笑顔を、みんなに与え続けて』
 
「悩みが無いなんて…ひどいですねぇ、咲夜さん…」
 
『頭にナイフよ。容赦しないわ』
 
そういって笑う、あなたの怖い笑顔が浮かぶ。
本当、笑顔が怖いなんて反則ですよ?
 
だからこれを最後にしますね…。
 
「うっ…うぁぁあああああああああああああッッッ!」
 
紅い館に、美鈴の泣き叫ぶ声が、響く。






何も変わらぬ昼下がり。
相も変わらず、美鈴は門の前に立っていた。
 
本日は晴れ。
特に今のところ異常なし。
きっと館内では、紅い館の主が嘆いているであろう。
 
「よぉ〜、門番。今日も元気にしてるか?」
「また来たんですか、黒いの」
「魔理沙さん、だろう?」
「はいはい…。で、今日の御用は?」
「本を借りにきたぜ」
「狩りにきた、じゃないんですか?」
「失敬なやつだな。ちゃんと返すぜ?」
「とにかく…通すわけにはいきません!いきますよ!」
「なんだよ、たまにはお前もスルーしてくれてもいいだろ?ま、いつも通りぶっとばしてやるぜ!」
 
いつもと変わらぬ会話。
いつもと変わらぬ弾幕ごっこ。
 
「ふぅ…まだまだだな、中国。じゃ、お邪魔するぜ」
「中国じゃありませんよぉ…」
 
いつものように通り抜けて行く背中を、地面から見送って。
 
「まったく…あなたは本当にこの館を守る気があるのかしら?」
 
そういって降り立ったのは、日傘をさしたこの館の主。
慌てて美鈴は立ち上がり、頭を下げる。
 
「おおお嬢様!ももも申し訳ありません!」
「まぁ、いいわ。あいつ、前よりさらに力付けてるし。本当に魔法使いになるのも時間の問題かしらねぇ…」
 
肩をすくめ、レミリアは特に怒った様子も無くそう言う。
 
「本当、あの子達人間は驚くほどに成長の早い生き物ね…。そんなに生き急いで、なにが楽しいんだか」
 
聞こえるはずも無いが、館内からパチュリーの嘆き声が聞こえてくる気がする。
 
「ええ…。おかげで世界が毎日変わっていることを自覚させられます…」
「まあ、でも…」 

紅魔館の幼き紅い悪魔が、空を仰ぐ。
主がそうするように、その盾である従者も空を仰ぐ。
 
「見て、空は青いわ。――違う?」
 
そう言って、レミリアは悪戯っぽく微笑む。
 
「ええ、この空だけは何も変わりませんね」
 
美鈴も、そう言って笑う。
 
「それにしても、本当にムカつくくらいに快晴ねぇ…」
「あはは…」

あなたがそこにいるから、私たちは笑い続ける。
 
時間はもう止まらない。
 
幻想郷は今日も時を刻み続ける。
 
私は今日も、青い空にあなたを思う。
 
私の世界は、あなたのもの。
 
あなたの世界も、私のもの。
 
「じゃ、神社に行ってくるわ。留守を頼むわよ」
「いってらっしゃいませ〜」
 
だから私は、今日も笑う。
 
あなたの愛した、この悩みのなさそうな笑顔で。







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