はじめて。





はじめて、アリスの唇に触れた。



アリスの唇があんなにも柔らかいなんて、知らなかった。
いや、そもそも他人の唇の柔らかさなんて知らないのだけれども。



目を閉じて私の方に唇を差し出すアリスの顔を思い出すと、頬の筋肉がみるみる内にだらしなく弛んでいく。



閉じられて顔に影ができるほど長い睫毛。たどたどしく触れた、白く曲線を描く頬はすべすべと吸い付くような感触で眩暈がしている気がした。

アリスのほっぺってこんななんだな、とか思いながら、目の前にある顔にばくばくと心臓が鳴る。

耳に煩いくらい、自分の心臓が跳ねていた。

緊張した。
柄にもなく、ガッチガチに緊張しまくった。

ピンク色の唇はぷっくりとしていて、甘そうだった。

艶々と綺麗な唇。

誘われるままにそっと口付けたその唇は、予想どおりに甘かった。

触れるだけのキスをして、ゆっくりと離れて。



アリスと、目が合う。



ほんのりと赤く染まった首筋が色っぽく見えて、また心臓がどドクンと大きく鳴って。

目を奪われる、という表現がぴったりと当てはまるように、ただただ馬鹿みたいにアリスを見つめた。

世界にアリスしかいなくて、それしか知らないみたいだった。
視線を外せないでいると、アリスがそんな私に困ったように笑いかける。

「なんか恥ずかしいね」

そう言って、私の服の端っこを照れ隠しのように弄ぶ。



そんなアリスの姿を思い浮べ、私はごろごろとしていた床の上でぎゅうっと座布団を抱え込む。

「ああ、もう……可愛いなぁ」

呟いて体にぴりっと電気が走るような感覚。緩む顔。
堪らなくなってさらに座布団を抱え込む腕に力をこめる。

アリスが愛しいという想いが大きくなって、今すぐこんな座布団ではなくアリスをこの腕で抱きしめたくなった。

だがそれができない現実を前に、私はうがーっと小さく叫び、バタバタ足を動かして床の上で身悶える。



「……あんた他人の家で何してるのよ」

突然聞こえたその声に、ピシッと音を立てて空気が固まるような感覚に襲われた。

心の中でしまったと思いながらも引きつった笑いを顔に貼りつけ、頭をフル回転させる。

「……プ、プロレスごっこ?」

そんな誤魔化し方しか、出来なかった。





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