向日葵の花言葉 side:幽香





その夏、出会ったのは蟲の王。
 
「今日も元気ね、みんな」
 
季節は真夏。
今日も元気に向日葵達は咲き誇っている。
何も変わらぬ、いつのも夏の午後。
太陽の畑と呼ばれるこの向日葵畑には、基本的には物好き以外近寄らない。
なぜなら、私、風見幽香がいるから。
だから毎日、基本的には向日葵達と過ごす。
寂しさなんてあるはずがない。
これが私の在り方なのだから。
だがしかし、暇なものは暇である。
いくら花が好きだといっても、たまには刺激も欲しいものだ。
 
「うわぁ……」
 
暇つぶしに巫女でもからかいに行こうか考えていると、急に畑に響くそんな声。
一体どんな物好きが来たのかと様子を見に行けば、そこには一人はしゃぐ妖怪の姿があった。
 
ふん……雑魚ね。迷いこみでもしたのかしら?
 
緑色のショートカットをした幼い蟲の妖怪。
妖力は私の足元にも及ばないくらいの者。
あまり興味はわかなかった。
しかし、少しなら暇つぶしに位はなる。
話し相手には丁度いい。
 
「あら、お客さんなんて珍しいわね」
 
丁度こちらに向かってくるその子に、優しく声をかけてやる。
かなり驚いたのか、身体がびくっと動いたのがわかった。
こちらの妖気に全然気づかないとは、かなりのおバカさんのようね。
もっとも、妖気はあまり出さないようにしているのだけれども。
 
その子は動きが止まり、ただ呆然とこちらを見ている。
 
「私の顔に何かついてるかしら?」
「え…?あ、いえ!なんでも!!!」

この反応、もしかしたら私を知っている……?
そうなのだとしたら台無しだ。
せっかく良い暇つぶしを見つけたと思ったのに。
 
「で?何か用なのかしら?」
「あ…いえ…その、ただ散歩してたらここ見つけて。素敵だなーって…」
「あら、嬉しい事言ってくれるじゃないの」
 
思わず笑みが深くなる。
どうやら私のことは知らないらしい。
顔を真っ赤にしてこちらを見ている様を見れば、安易に予想できた。
どうやら、要らぬ心配だったらしい。
それにしても、見ているこっちが恥ずかしくなるくらい真っ赤。

でも何故か、その顔に嫌悪感を覚えることはなくて。
 
「あなた、名前は?」
 
気づけば、私の方から名を聞いていた。
こんな雑魚、名前を覚えるにも値しない。
普段の私なら、そうする。
どうやら自分で思っていたよりもよっぽど暇だったらしい。
無意識とは、怖いものよね。
 
「リ…リグルです!リグル・ナイトバグ!」
 
慌てた様に、しかし笑顔で元気よく彼女はそれに答える。
なんともまぁ……わかりやすい子だ。
単に子供梛だけかもしれないが、それでもいい。
子供とは純粋で無垢な生き物。
その生き物を虐める、それはなんという至福。
これはいじり甲斐がある。将来有望だ。
 
……ん?
 
なにかが引っかかった。
 
今、この子はなんと名乗った?

確かその名は、昔あの胡散臭い友が言っていた者の名。
 
 
 
『ついこの間、蟲の総率者が生まれたみたいよ。幽香』
 
『そう。あまり興味はないわね』
 
『リグル・ナイトバグと言うそうよ。仲良くしてあげたらいいんじゃないかしら?』
 
『聞こえなかったかしら?私は興味がないと言ったのよ。私が興味があるのは、強者だけ』
 
あらあら、とその者は口元を扇子で隠し胡散臭く笑う。
 
『花の調律者と蟲の総率者同士、仲良くすればいいことを。中々気が合うかもしれませんことよ?』
 
『同じことを何度言わせるつもりかしら?それとも今日の暇つぶし相手になってくれるつもり?』
 
そう言うと同時に霊弾を放てば、もうそこにはその者の姿はなく。
 
『私、今日はそのつもりは残念ながら全くありませんの』
 
そしてまた、見当違いのところからにゅうっと姿を現す。
全く、何度見ても気色の悪い。
 
『もう用がないのなら消えてくれるかしら?あいにく花を愛でるのに忙しいのよ』
 
『冷たいのね〜。私はこんなに…ってあら?藍が呼んでるわ!今すぐ行くわよ、らああああああああん!』



そこまで思い出して思考を止める。
思い出したくないところまで思い出してしまった。
今は目の前のことのほうが最優先だ。
 
それにしてもこの子が蟲の総率者?
とてもそうは見えないほどバカっぽ……もとい弱そうなのだけれども。
 
「あら…。あなたがあのリグル?」
「え?私を知ってるんですか?」
 
どうやら、間違いではないらしい。
 
そう、この子が……ねぇ……。
 
正直、蟲達を統べるにはあまり向いていなさそうなものだけれども。
 
蟲を操る程度の能力。
つまりは使いようによっては化ける能力だ。
正直、この子からは気づいている気配など微塵も感じない。
 
つまりは、全く自分を活かせていない馬鹿者。
 
「あ、あの!」
 
そんな事を考えていると、向こうが話しかけてきた。

「何かしら?」
 
「あなたの…名前は…?」
 
そう、彼女は言った。
 
顔を真っ赤にして、その癖に確かな意思を持った瞳で。
 
どもりまくりで、かっこよくもかわいくも感じない言葉で。
 
私の名を、確かに彼女は聞いてきた。
 
 
 
……ふぅん……
 
 
 
私は、笑う。
多分今日一番の笑顔で。
 
だって面白いじゃない、この子。
この私の名を聞いてきた。

蟲は確かに花に惹かれる者である。
だがしかし、蟲は危険察知能力だって高い。
 
その癖に、だ。
 
この私に、名前を聞いてきた。
怯える事もなく、だ。
 
これ以上面白い事が最近あったであろう?
 
少しは認めてあげるわ、あなた。
 
  
「い・や」
 
 
 
だから今は、名は教えないであげる。
 
しばらく、私のおもちゃになりなさい?



 
「え…えぇぇぇぇぇぇぇえっ!?」
「なんで私があなたのような雑魚に名乗らなければいけないのかしら?」
「ざ、雑魚って…」
「あら?違ったかしら?ああ、蟲なんだから虫けらと言ったほうがよかったわね。ごめんなさい?」
「ちょ…謝るのそこじゃないでしょ?!」
「他に謝るとこなんてあったかしら…?」
「ちょっとそこ!本気で悩まないで?!」
 
ああ、少しかまってあげればこんな風なのか。
これはまた、面白い。
本当にからかいがいのある子……。
 
いつの間にやら、楽しげに笑う幽香と律儀にイヂリまわされるリグルの声が静かだった太陽の畑に響き渡る。
 
蟲の統率者と花の調停者。
 
二人はそうやって出会った。
 
花の調停者はまだ気づかない。
 
花は、蟲に助けられ生きている事を。
 
無意識に、花は蟲を求める事を。
 
その事に彼女が気がつくのは、まだ先の話。





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