ふわり。





「咲夜さん」
 
そうやってふわりと笑うあなたの笑顔が、何より大好き。
 
 
 
今日も一日お疲れ様でした、と目の前の彼女は笑う。
 
ふわり、と笑う。
 
その笑顔に、私も笑顔になって。
 
お疲れ様。
 
そうやって、笑顔で返せる。
 
「今日も忙しそうでしたね?体調は大丈夫ですか?」
「ええ、問題はないわ」
 
あなたの顔から笑顔がなくなる事は、普段はほとんどない。
 
それはもちろん、私以外に対しても、だが。
 
「隊長!お疲れ様です!」
「あ、お疲れ〜。今日もゆっくり休んで明日に備えてね〜」
「は〜い!」
 
確か今の妖精は最近門番隊に配属された子。
もう随分と仲良くなったのね……。

きっと今、私の表情は無表情。
だってなんだか、面白くない。
 
私以外の子にも向けるその笑顔が、面白くない。
 
「……咲夜さん?」
 
彼女は不思議そうに首をかしげる。
はっと我に返り、慌てて顔をそらす。
だめだ、きっと今は笑顔になれない。
 
「じゃあ、私まだ仕事があるから」
「あ、待ってください!」
 
そのまま時間を止めて立ち去ろうとすると、静止の声がかかる。
 
「何かしら?」
「あ、いえ……やっぱなんでもないです……」
 
顔を向けぬまま答えれば、そんな弱弱しい返事が返ってきて。
顔なんて見なくてもわかる。
きっと、あなたは今戸惑ったような笑顔。

「そう。じゃあ、行くわ」
「あ、はい。無理はしないでくださいね?」
「ええ、平気よ。じゃあ、おやすみなさい」
 
そう言って、今度こそ立ち去る。
 
本当はとっくに仕事なんて終わってるけど……ね。
どうして私はこう素直になれないものなのか。
 
もっとも、他の人にまで同じように笑うのが嫌なんて言えるはずがないけど。
そもそも私はそうやって笑うあなたを好きになったはずなのに。
 
ふぅ……
 
自室で一人、服を着替えながら自己嫌悪。
 
こんなこと、日常茶飯事。
こんなんだから彼女は私の気持ちに微塵も気づいてくれないのかも知れない。
わかってはいるけど、簡単には治せない。
しょうがない。だってこれが私の性格なんだもの。
 
気づけばこんなにもいつもあなたを考えていて。
気づけばこんな風に自己嫌悪。
 
自分はいつの間にこんな恋する乙女のような思考回路を持つようになったのか。
 
「……仕方ないじゃない」
 
だってこんな感情、初めてなんだもの。
これはもう、自分に苦笑するしかない。

コンコン……
 
静かだった部屋にノックの音が響く。
 
ノックをするなんてお嬢様であるはずがないし……。
 
「誰?」
 
「あ、私です!」
 
返ってきた返事は想い人の声。
思わぬ来訪に驚いていると、入りますよ〜と彼女の声がして勝手に入ってくる。
 
「ちょ……まだ入っていいなんて」
「たまにはいいじゃないですかー。仕事、本当はもう終わってたんですね」
 
私の言葉を遮り、彼女はやはり笑顔で言う。
 
うっ……と一瞬私が言葉に詰まったのを彼女は見逃してはくれなかった。
 
「私何か気に触るようなことしましたかね?」
 
なんと直球に聞いてくるんだろうか、この子は。

「別に何もしてないわよ。なに?そんなことをわざわざ言いにここまできたの?」
「じゃあなんで目を合わせてくれないんですか〜?」
「…っ!」
 
そういって彼女は私の顔を覗き込む。
近 い !
思わずあからさまに顔を逸らせば、彼女は寂しそうに笑う。
 
「ほら、またそうやって……」
 
いや、さっきのは普通の反応のはず。
……はず。
赤い顔、ばれてなければいい。
部屋が薄暗いから大丈夫だとは思うけど。
 
「なんでもないって言ってるでしょ?!」
「咲夜さん」
 
もう自棄になってそう叫べば、彼女は急に真剣な声で私の名を呼ぶ。
それに思わず、ドキッとして。
そんな事を思っていれば、彼女のほうに顔を無理矢理気味に向けられる。
彼女は先ほどの声に似合うような、いつもは殆ど見せない真剣な表情をしていた。

「教えてください。私何かしましたか?」
「……」
 
そんなに真剣に聞かれたら、いくら私だって素直に答えてしまいたくなる。
でもだからといって、妬いてましたなんて簡単に言えるわけもない。
だってそんな事言ったら告白しているようなものじゃないか……。 
 
頬に添えられている手があったかくてドキドキする。
お互いの吐息さえ感じられそうな気がする距離に彼女の顔はあって。
手を伸ばせば、すぐにあなたに触れられる距離。
 
鈍いって、罪深いことだと思う。
 
「咲夜さん?何があったんですか?」
 
今そんな風に笑うなんて、ずるい。
 
ふわり。
 
ふわり。
 
「……あなたが誰にでも笑いかけてるから」
「え?」
「あなたが誰にでも笑いかけるからちょっと面白くなかったのよ!悪い?!」
 
そんな顔されたら、私が降参するしかないじゃないの。

プッ……
 
「咲夜さんたらぁ!」
「なっ!?」
 
しばらく間抜けな顔でぽかーんとしていた彼女は、吹き出したかと思うと抱きついてくる。
 
「ちょ!離して!」
「何子供みたいな事いってるんですかぁ?そんな事で妬いちゃうなんて咲夜さんってば結構……」
「そんなんじゃないわよ!というか離しなさい!こら、力強めるな!」
 
悔しい。
悔しいくらいに心臓が暴れまわってるのに、この子は人の事完全に子ども扱い。
その上ここまで言ったのに私の気持ちに微塵も気づいてないことがさらにムカつく!
腹が立つ。
ああ、腹が立つわ!
 
「安心してください咲夜さん。私のとびっきりは咲夜さんだけのものですから」
 
頭にナイフでも刺して抜け出そうかと考え始めた時、彼女はなんでもない事のようにそう言う。
 
ふわり、とあの笑顔で。
 
 
 
この子は、本当、ずるい。




ふわり。
 
ふわり。
 
彼女はそうやって笑う。
 
そしてまた、私の心には彼女への気持ちが積もっていく。
 
ふわり。
 
ふわり。
 
「ま、80点ってとこですかね……」
「え?」
「いえ、なんでも」
 
彼女が何かつぶやいたけど、甘い匂いに中てられた頭ではうまく聞き取れなくて。
ただきっと、彼女が笑顔だということだけはわかっている。
 
ふわり。
 
ふわり。
 
ふわり。
 
ふわり。
 
果たして、鈍いのはどちらのほう?





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