味噌汁を作ろう〜2009年良い夫婦の日記念〜












味噌汁を、作ろうと思った。










◆ ◆ ◆ ◆ ◆










少し大きな喧嘩をした。

原因は、ほんの些細な事。
それなのに、何故かお互い止まれなくなって。



──じゃあ私が出て行けばいいんだろっ?!



そう言って、あいつは出て行った。

そんな事、言わせるつもりじゃなかった。言って欲しくなかった。

叩き付けるように閉じられたドアを、ただただ見つめた。
しばらくして、涙が溢れそうになる。

つい先程まで、あんなに幸せだったのに。

それなのに、どうしてこんな事になったのだろう?どうして私はあんなに怒ってしまったのだろう?

言ってしまったものは仕方ない。
後悔しても、言った言葉は戻ってきてはくれないのだから。

ぶんぶんと頭を振って、憂鬱な気分を吹き飛ばす。



もうすぐ、夜が来る。
夕飯の準備をしなくてはならない。

今日は体の温まる食事を用意しよう。

今日はいやに冷える。
外はきっと、凍えるような寒さなんだろう。

あいつが帰ってきたら、すぐに暖まれるように暖炉に薪をくべて。
すぐに温もれるようにお風呂の準備もして。



「帰ってきて、くれるかな……」



ポツリと呟いたその言葉は、いやに部屋の中に響いて。

寂しくなった。とてもとても、寂しくなった。



ギュッと目を瞑れば、彼女の笑顔が浮かぶ。



それだけで、少しだけ胸が暖かくなって。

少しだけ、ほっとした。



ああ、そうだ。

今日は彼女から教わったアレを作ろう。










◆ ◆ ◆ ◆ ◆










森の外れに、ぽつんと佇んでいた。

神社に行こうとも思ったが、やめた。
あまり遠くには、行きたくなかった。



なんであんな事を言って出て来てしまったのか。
まったく、なんて私はバカなんだ。

いや、違う。
私はバカで、子供すぎるんだ。

ほんの些細な、日常の一コマ。
そうだったはずなのに、どうしてあんなに大きな喧嘩になってしまったのか。
いや、理由は分かっているんだけれども。

ぽすんと、道端に寝転がる。
見上げるは分厚い雲に覆われた空。

ぼーっとそうしていれば、次第にそれは深い闇の色に染まっていく。

酷く、寒かった。

悴んでしまった両手にはぁっと息を吐けば、その息は真っ白。



家に帰って、暖炉にあたりたいと思った。
丁度いい湯加減のお湯に浸かって、すぐにでも温もりたいと思った。



視界が滲んでいく。
もう殆ど真っ黒に染まった空が、滲んでいく。

空気が冷たすぎて、スンっと鳴らした鼻が痛い。


暖かい家に、帰りたくなった。
君のいる家に、すぐに帰りたくなった。



目を閉じれば、君のとびきりの笑顔。



ツーっと、耳たぶ辺りをを何かが伝う感覚がした。
ほんの一瞬暖かかったソコは、すぐに冷たくなって。





ひやりと、頬に何かが落ちる感覚。

何かと思い目を開ければ、滲む視界に白い物。





「……雪、か」





幻想郷に、初雪が降り始めた。
通りで、異様に冷えるはずだ。











◆ ◆ ◆ ◆ ◆










煮干を取り出し、頭と内臓を取り、二つに割く。
軽く水洗いをしてゴミと汚れをちゃんととって。

鍋に先程短冊切りをしておいた大根と煮干を入れ、丁度いい位水を入れる。

そのまま弱火にかけ、沸騰するまで待った。



何かおかしくなって、自然と笑みが零れる。



彼女と暮らし始める前まではこんな食材、滅多に使わなかった。
こんな野菜の切り方も、あまりしなかった。
煮干の使い方なんて、知ろうとも思わなかったのに。

私はどれだけ、彼女と知り合って変わったのだろうか。

今ではすっかり、私は彼女色に染まっている気がする。



そんな事を考えていると、鍋の中身が沸騰してきた。

丁寧に、ゆっくりとアクを取り除いていく。

その間に人形に残りの食材を手元に運ばせて。



その中にあったなめこに手を伸ばす。
彼女に出会ったばかりの頃は、まさかこうやって普通にきのこを料理する日が来るなんて思いもしなかったのに。



なめこを加え、そのまま煮続ける。

アクが出てきたら、丁寧に取り除いて。

大根が煮えるまで、ずっとそれを繰り返す。





──ゆっくり待つんだ。焦らず、ゆっくりな。





あの日の彼女の声が、思い出させる。



気づけば、頬を一筋の涙が伝っていた。



グイっと袖の裾で拭って、料理を続ける。





味噌を、溶かす。



──いいか、ここはこうやって丁寧に箸で溶かすんだ。




それから。


それから。




ちゃんと溶けたら、



──柚子の皮をこうやって擦って、



「ちょっとずつ……くわえ、て……っ」



ぽちょんっと、鍋に柚子とは違うモノが落ちる。

グイっと、また袖の裾で拭う。

でもそれだけでは、もう拭え切れなくて。



「〜〜〜っ」



耐え切れなくなって、座りこむ。



後悔と、寂しさと、愛しさが、ぐちゃぐちゃに頭の中で混ざって。

不安で、胸が押し潰されそうになる。



もしも、あいつが。

魔理沙が、本当に帰って来てくれなかったら。



そう思うだけで、こんなにも苦しくて。こんなにも切なくて。

こんなにも、涙が溢れてくる。



こんな気持ちがあるなんて、知らなかった。





「どうしたっ?!」





ドタドタと慌てて駆け寄ってくる足音が、聞こえる。



ああ、

ああ、魔理沙はちゃんと帰ってきてくれた。










◆ ◆ ◆ ◆ ◆










「た、ただいま〜……」

恐る恐るドアを開ければ、我が家の匂い。
そーっとその向こうを覗き込むが、そこにアリスの姿はなかった。

我ながらなんとも情けない姿だった。

ふぅっ、とひとつ溜息を吐いて家の中に上がる。

リビングの扉も先ほどと同じようにそーっと開けるが、アリスの姿はない。
パチパチと薪が燃える音だけが、部屋に響いていた。

となれば、キッチンか。

まあ時間も時間だし、夕飯の準備をしてくれているのかもしれない。

私の分、ちゃんとあるんだろうか……。

あんな事を言って出て行った手前、夕飯がなくても文句は言えない。
でもまあ、腹は減る。



ここは素直に謝って、ごはん作ってもらって……いや、一緒に作ってもいいか。



そんな事を思いつつ、キッチンへと足を向ける。
とりあえず、第一声はどうすべきだろうか。

そんな事を考えながらドアを開ければ、目に飛び込んできたのは蹲るアリス。



「どうしたっ?!」



思わず、駆け寄った。

一気に、顔が青ざめるのがわかる。

こんなことなら、家を出て行くなんてバカな事しなきゃ良かった……っ!



「どこか痛いのかっ!?苦しいのかっ!?」



俯く彼女の顔をグイっと上にあげさせて。

真っ赤になった目で泣き続けている彼女の顔に、正直面食らった。



「あ、アリス?どうした?どこか痛いのか?」

そう問いかければ、ギューっと彼女が抱きついてきて。
ますますわけがわからない。というかどうしていいのかわからない。

「アリス……?」

とりあえず、背中に手を回してギュッと抱きしめ返してみる。
そうすれば、またアリスの腕の力が強まった。
それだけで、何もアリスは言ってこない。

よくわからないけど、とりあえず元気そうでよかった。
これだけの力が出せるんだ、何か苦しいわけではなさそうだし。



「吐きそう」
「は?」



唐突過ぎるその言葉に返した間抜けな返事のすぐ後に、左肩に生暖かい感触。
なんともお伝えし難い声を、アリスはあげた。










◆ ◆ ◆ ◆ ◆










「全部魔理沙が悪い」
「なんかもう、それでいいよ……」

深い深い溜息を吐きながら、魔理沙は夕飯の準備をしてくれている。
私はと言えば、ゆっくりと椅子に腰掛け、それを見守るばかり。

「本当に帰ってこないかと思って、寂しかったんだから」
「悪かったって。もうあんな事二度と言わないから」

二度目があったら、もう許さないけど。

心の中で、そう呟く。

魔理沙は何かを感じたのか、少しだけビクっと肩を震わせた。

「身重な妻に対してあの仕打ち。やっぱり魔理沙は私の気持ちを全然分かってないわ」
「本当に悪かったよ。ごーめーんーなーさーいー」
「心が篭ってないわ、心が」
「あー、もうっ」

ぶーぶーとむくれる私に、魔理沙が近づいてきて、ひとつキスを落としてくれる。
すぐに離れていってしまった唇に今度は私からと近づけば、やんわりと拒否された。

「だめ?」
「うん、だめ」

短くそう言って、彼女は最後に私の作った味噌汁を置く。

少しばかり不満だったが、あんな喧嘩をしたばかりだ。
これ以上は、何も言わないで置こう。

彼女が向かい側の席に座るのを待って、一緒に食べ始めようと、手を合わせた。




仲直りの後の、いつもと変わらぬ食卓で。

彼女が味噌汁を一口啜って、うんと頷く。

たったそれだけで、私の心は幸福感でいっぱいになれる。



「なあ、アリス」

それを見届け、私も食べ始めようと箸をとったところで、魔理沙が味噌汁を見つめながら話しかけてくる。



「喧嘩の後なのに帰ってきたらすぐ入れるように風呂が沸いてるって、すごく幸せだと思った」



隠しているつもりなんだろうけど、耳まで真っ赤で。

顔だけ隠しても無駄だって事は、このまま一生教えないようにしようと思った。







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