Starry sky





私がこの気持ちに気づいたのはいつだったろうか?
 
気づけば、彼女を目で追っていた。
それだけな気がする。
 
正直、出会いからして最悪だった。
 
彼女は魔界の侵入者。
私はそれを追い出すために意気揚々と向かい、敗北した。
最終的には母から貰ったグリモワールまで持ち出したのに、だ。
もっとも、グリモワールは私の力不足で暴走してしまったのだけれども……。
 
その後を思い出しても、実にひどいものだと思う。
吊るされて、大事なグリモワールを奪われて、他にも色々……。
 
その後、私がこちらに越して来た後だって、いい思い出などほとんどない。
 
マジックアイテムを探しにいけばかち合って、弾幕ごっこになるし。
終わらない冬の異変だって、なけなしの春を奪うとかいって勝負になったし。
……まぁ、月の異変のときはちょっとだけ楽しかったけれども。
 
とにかく、いい思い出なんてほとんどない。
 
それなのに、いつの間にか私の心にどんと居座って出て行かない。
こんなの、ずるい。
 
ふぅ…

ひとつ、ため息。
 
結局私は彼女が好きなのだ。
そればかりは、もうどうしようもない事実。
何回考えても、行き着くのはこの解だけなのだから。
 
「本当、私も馬鹿よねぇ…」
 
一人窓際に腰掛、自嘲する。
星空を眺めながらグラスを傾ける。
こんな事も、たまにはいいかな。
 
彼女は、夜空に浮かぶ星のような人だと思う。
 
だって、ほら。
 
私はこうやって星を見ているのに、きっと星から私は見えていない。
私はこんなにも手を伸ばしているのに、星は私に気づいてくれてさえいない。
 
だって星は想像がつかないくらい大きな世界を見ているんだもの。
私なんかかすんで見えなくて当たり前だ。
 
 
 
こんなに寂しい恋だと知ってたら、あなた好きにならなかったのに。
 
もっとも、こんなに好きになってから思ったって言い訳にもならないけれど。
 
 
 
明日は、彼女が私の家にやってくる。
いつもは呼びもしないのにあっちから勝手にやってくるが、今回は違う。
お互い必要な素材のストックが切れたので、どうせ採集に同じところにい行くなら一緒に、という話になったから。
 
そんなわけで、明日は早起き。
本当にそろそろ寝なければ、寝過ごしてしまうかもしれない。
上海と蓬莱に手伝ってもらい、簡単にその場を片す。
 
できれば、明日は楽しい一日でありますように。
 
そう祈りながら、私は眠りについた。
 
 
 
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
 
 
 
お弁当を作り終わり、ちょっと一息。
昨日は夜更かししてしまったせいか、少し頭がボーっとする。
 
今日行く採集場所は少し遠い場所にあるため、きっと到着はお昼頃。
だったら、と思い、お弁当を作った。
なにも考えず彼女の分まで作ってしまったが、今更ながら作って良かったのかしら?
迷惑……とかじゃないかな……?
約束したわけではないから、もしかしたら彼女もお弁当を持ってくるかもしれない。
いつもは二人で出かける時は私が作っているからつい癖で作ってしまったものの、今回は特に約束したわけでもない。
やっぱりちゃんと聞いておけば良かった……。
 
そんな事を考えていると、家の周りに張ってあるちょっとした魔法が、人が来たことを察知した。
 
「邪魔するぜー」
 
察知してから少しの間をおいて、玄関からそんな声。
声の主は家の中に無遠慮に入ってくる。
いくら注意しても治らないので、これはもう諦めた。
窓を割らずに玄関から来るようになっただけでも進歩したわけだし。
先程までの憂鬱な気分なんて見せないよう、こちらに到着するまでの短い時間で心を落ち着ける。
 
「よー、アリス。今日は絶好の採集日和だぜ。もう準備は出来てるか?」
「おはよう、魔理沙。準備は出来てるわ。すぐにでも出発できる」
 
よし、いつもの私だ。
 
「そうかそうか。んじゃ出発しますか」
「ええ、行きましょう」
 
お弁当の入っているバスケットを持つ。
荷物はひとつだから、きっと採集物を入れるためのものと兼ねていると思ってくれるだろう。
彼女がお昼を持ってきていたら、そのまま彼女の分はしまっておけばいい。
 
「随分おっきいの持ってくんだな?」
「ええ、大は小を兼ねるっていうでしょ?」
 
ふーんと気にした様子もなく彼女は箒にまたがり、先に飛び立った。
私はその後を追う。
私たちの関係そのものだと、少し思った。
 
追いかけて、追いかけて。
きっとこれからも私は追い続ける。
できれば私は、あなたの隣を飛びたいのに。
 
何だろう、昨日も今日もどうしてこんなに気分が滅入っているのだろう。
 
目的地が近くなったからか、魔理沙の速度が落ちてきた。
 
気持ちを入れ替えなきゃ。
今日は楽しい一日にしたいんだから…
 
よし、とちいさく呟いて笑顔を作る。
 
大丈夫、いつもの私だ。
魔理沙の知っている、私だ。
 
「よーし、ここらで降りるぞー?」
「了解。じゃあ食事にして、それから採集といきましょう」
「おう、そうしようぜ」
 
二人で日の辺りのいい場所に降り立つと、手早くシートを広げる。
魔理沙は早速そこに座り込むと、ひとつ伸びをした。
 
「んー…久々の長時間飛行でちょっと疲れたぜ。腹減ったー」
「確かに。私も久々な遠出で疲れたわ……」
 
魔理沙の隣に座り、私もひとつ伸びをする。
一緒に連れてきた上海と蓬莱も、私の真似をするかのように伸びをしている。
 
「で、今日の昼飯は何なんだ?」
 
そんな微笑ましい光景を見ていると、彼女はさも当然といわんばかりな口調でそう訊ねてきた。
どうやら朝の私の悩みは、ただの杞憂に終わったらしい。
 
「そう慌てないでよ。はい、これあなたの分」
「おお、サンキュー」
 
にしし、と笑いながら、彼女はお弁当を受け取ると、早速食べ始めた。
作ってきて良かった。
うまいうまい言いながら食べてくれる彼女を見ていると、自然に笑みがこぼれる。
 
「なんだよ、そんなに見つめられると気味が悪いぜ。もしかしてこの弁当、何か盛ってあるのか?」
「あら、バレた?」
「なっ!?」
「冗談よ。あまりにもおいしそうに食べるから、ね」
 
なんだよ、びっくりさせるなよ、とかぶつぶつ言いながらも彼女は箸を進めている。
さて、私も食べるとしよう。
ご飯を食べたら、それからが本番。
がんばらなくては。
気持ちを切り替えると、私もお弁当を食べ始めた。
 
食事を済ますと、すこし休憩してから採集を始める。
二手に分かれる、ということも考えたのだが、今回採集する量は少なめで良いので、ゆっくり話しでもしながら一緒にと魔理沙が提案してきた。
特に断る理由もないし、私としては一緒にいれた方が嬉しい。
そんなわけで、互いに声が聞こえる範囲で一緒に採集始める。
 
一、二時間ほどそんな風にして採集をしていたが、少々気になることがある。
何か魔理沙の様子が変だ。
なんというか、会話が続かない。
 
いつもなら皮肉で返すような事を普通に返してきたり、流すような返事をしてみたり。
よくよく考えれば、昼食の時だってそうだった。
毒を盛ったといういつもの冗談に、普通に反応してたし。
それだけでなく、なぜか視線を合わせない。
 
ふむ。
 
「で、何か話があるの?」
 
ビクっ、と身体を震わせると彼女はあーとかうーとかうなり始める。
どうやら正解のようだ。
 
大体こんな感じのときの彼女は、話があるとき。
短くないはない付き合いの中で学んだことだ。
 
彼女がこちら側に戻ってくるまで、私は採集をしていよう。
というかもう必要な分は確保できたけれど、余分に取っていても困ることはないし。
 
「あー…なんというか。最近少し気になることがあるんだが」
「気になること?」
「なんか…最近霊夢が冷たい気がするんだ」
 
一旦話し始めたら、魔理沙はどんどん話をしてきた。
 
霊夢が最近冷たい気がする。
霊夢が最近どうもおかしい。
霊夢が話してくれない。
霊夢が誘ってくれない。
 
霊夢が、霊夢が、霊夢が。
 
ああ、そうか。
 
どうもこの頃私のところに来ると思えば、そういうこと。
 
つまり、『霊夢が』かまってくれないから、私のところに来ている、と。
 
基より霊夢はそう言う人間だ。
私には特に変には見えないし、それなりに付き合いも長いから本当に何かあったのなら気づくはず。
もっとも、ここ最近私は霊夢に会ってはいないんだけれども。
 
とにかく、もうわかった。
だからもう、これ以上聞きたくない。
聞いていられない。
 
「放っておけばそのうちまた戻るわよ」
「でもさ…」
「大丈夫よ、あなたたち、親友でしょ?」
「アリスだって親友だろ?」
「ええ、だから大丈夫だといっているの」
「んー…」
 
まだ納得いかない風だが、これ以上この話をするつもりは私はない。
 
「さ、そろそろ帰りましょ。遅くなってしまうわ」
「え?あ、ああ」
 
さっさと帰り支度をすると、私たちは帰路についた。
 
 
 
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
 
 
 
私の家まで魔理沙が送ってくれて、今日はここでお別れ。
いつもなら夕食も一緒に済ますところだが、今日は私が魔理沙を追い返した。
今日はもう、一緒にいたくなかったから。
別れ際、これではあんまりかな、と思ったから。
結局私は魔理沙に声をかけてしまった。
 
「霊夢のことだから、本当にそんなに気にすることはないと思うわよ。それでも気になるなら、私が会いに行ってみるわ」
 
魔理沙は一瞬きょとんとした、表情をしたものの、すぐに満面の笑みを浮かべて、こう言った。
 
「やっぱ、お前には何でも話せるな」
 
って。
 
ねえ、魔理沙。
その言葉がどれだけ残酷かを、あなたは知るはずもないのでしょうね。
 
 
 
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
 
 
 
今夜も一人、窓辺に腰掛、ひとり星空を眺める。
 
「ふっ…うっ…ひくっ…」
 
今日は一人、涙を流す。
星空に、あなたを想い。
 
「ばか魔理沙…人の気も知らないで…」
 
 
流れ星がひとつ、空を流れる。
 
 
ひとつだけ、願いが叶うのならば。
 
あなたに、好きと言われたい。
 
一度だけ、嘘でもいいから。
 
きっと、彼女は明日も来るのだろう。
そして私は、それをまた受け入れる。
 
会えないくらいなら、私は自分の心に嘘をつく。
ずっとあなた達の傍にいたいの。
恋人じゃなくて、友達としてでもいい。
一緒にあなたと同じものを見ていたいの。
隣でなくてもいい。
後ろからでもいいから。
 
 
 
今日もまた星空を眺めるひとりの人形遣い。
 
一人の恋色の魔法使いに、その人形遣いは魔法をかけられた。
それはとってもあたたかくて、とてもつめたい不思議な魔法。
 
解き方を、七色の魔法使いは知らない。
 
 
 





inserted by FC2 system