七夕





七月七日。
今日は、七夕の日。
生憎の、曇り空。


「なぁ知ってるか?七夕の日は晴れない事の方が多いって」


そんな風に、彼女は私に声をかける。


「へぇ、そうなの」


私はいつもとかわらぬ返事を返した。


「そうそう、だから今日私は決めたんだ」


そんな事を気にした様子もなく彼女は続ける。


「へぇ、何を」


だからまた、私は同じような返事を返した。










◆ ◆ ◆ ◆ ◆











今日も彼女はやってきた。
邪魔するぜ、と玄関先で怒鳴ると私の作業部屋へ直行。
この時間、私がこの部屋で過ごしていることを覚えたらしい。
最近では窓や壁をぶち破ってくることや、部屋を一つずつ開けて回る様な事はなくなった。鼠にも学習能力はあるらしい。
そんな風にして彼女は、いつもこうして私の作業を邪魔するかのように私に話かけるから腹立たしい。
まあこの程度の事で作業が出来なくなる私ではない。……返す言葉は適当だけど。
そんな私でも思わず、次に来た彼女の言葉に手を止めてしまった。



「私が川を作るからさ。お前橋かけてくれよ」



「へぇ、そ……はぁ?!」



振り返った先にあった彼女の顔は、いつもと変わらぬ笑顔で。
何を考えているのかさっぱりわからない。
というかこの子の思考回路はいつも、私には想像のつかない答えをはじき出しているのだからわからないに決まっている。


「すごく話が見えないんだけど。というか橋をかけろ?川を作る?何の準備もないのに無理よ。氷精と遊びすぎて頭の中まで凍っちゃったの?」
「……お前普通にひどい事言ってるぞ、それ」


だって、無理。というか誰が聞いてもそんな事鼻で笑うに決まってる。
笑わなかっただけ感謝して欲しいと思う。きっとどこかの神社の巫女なら今頃お腹抱えて笑い転げてるわ。


「いや、なんだ。そんなにあっさり否定しなくても言いと思うんだ。案外ロマンチストだとか思ってくれていいとおも──」
「そもそも雲の下にそんなもの作ったところで何も変わりはしないじゃない」


そう一蹴してやると、彼女はうっと言葉に詰まる。

七夕の話なら、一応は知っている。
織姫と彦星が天の川を渡って会える、年に一度の日。

どうせミルキーウェイでも使って、天の川、とかいうつもりなのだろう。
その上に橋をかけろと?なんて面倒な事を言い出すのだ、こいつは。
というかそもそもそんな川、私だったらいくら年に一度しか会えないとしてもごめん被りたい。

どう言っても私が話しに乗る気がないと踏んだのか、少しいじけたように彼女は唇を尖らす。


「ロマンチストなアリスならこの計画、乗ってくると思ったんだがなー」
「なにが計画よ。というか幻想郷の空中に弾幕撒き散らすなんて悪さしたら、霊夢が黙っちゃいないと思うわよ」
「幻想郷に夢を与えてやる素敵計画の何処が悪巧みだと言うんだ?」
「幻想郷に弾幕撒き散らすなんてテロ計画以外の何者でもないわ。きっとあのスキマ妖怪も出てくるでしょうね。そもそもあなたは盗む方が性にあってるでしょうに」
「借りてるだけだぜ、一生」
「ええ、そうだったわね。その一生が誰かから短くされないことを祈ってるわ」
「お前の職業、実は殺し屋だったのか」
「なんで私なのよ。私はしないわ、多分」
「そうだな、お前は自分の手は汚さない。手を汚すのは人形だな」
「よくわかってるじゃないの」


論点がずれていく会話をしながら机に向き直り、止めていた作業を再開する。
あまり変な事を言い出さないで欲しい。まあ、本気じゃないんだろうけど。……多分。



「なあ、アリス」


しばらく黙り込んでいた魔理沙がまた口を開く。
折角やっと集中してきたところだったのに、なんと言うタイミング。こいつわかっててやってるんじゃないかしら?


「なに?」
「いや、なんだ……。その、やっぱ織姫と彦星は今日も会えないのかなー、なんて思ったり……」


まだその話は続いていたのか。
やけにその話題にこだわるなぁ、と思いつも、彼女に質問の答えを返す。


「ちゃんと会えてるわよ。きっと二人きりになりたいからいつも曇り空なのよ」
「……じゃあ晴れた日は?」
「その年は見せつけてやりたい年なのよ、多分」


なんだよそれ、と彼女は笑い出す。
……答えなきゃ良かった。


「もういいでしょ?この話はおしまい。というか作業に集中したいから黙るか出て行ってくれるかしら?」
「なんだよ、照れることないだろう?お前がロマンチストだなんて知ってるぜ?」


そう言ってニヤニヤと彼女は私の顔を覗きこむ。
人形使って後ろから殴ってやろうかと思うくらいには憎たらしく感じた。勿論、そんな事しないけど。
変わりにその顔を睨み付けてやる。きっとこのくらいは許されるだろう。


「あー……そんな顔するなよ。悪かったからさ」


そう言って彼女はバツが悪そうに元いた場所へと戻っていった。

と、思ったのに。



なぜか彼女は私に後ろからのしかかる様に抱きついてきて。

わけがわからず白黒する私の事お構い無しに、彼女はぎゅっと更に腕に力をこめる。



「なーんでわかんないのかな、アリスは」
「な、なにがよ?」



そう素直に答えれば、彼女は更に腕に力をこめて。このままだと、首が絞まりそうなんだけれど。



「織姫と彦星の気持ちはわかる癖に、どうして私の気持ちはわからないのかね、アリスくん」
「え、えぇと……?」



言われている意味が本当にわからない。
先ほどまでの会話を思い出して見ても、私には全くわからなくて。

困惑していれば、そっと彼女は耳元に唇を寄せてきて。
耳にかかる彼女のかすかな吐息に、ドキッとした。



──星空の中で私もアリスとデートしたいんだよ。



彼女は、そう私に囁いて。



「……それならそうと最初から素直にそう誘えばいいじゃないの。馬鹿な事言わないで、普通に」
「……言わなくてもわかれよ。付き合ってどのくらい経つと思ってるんだ?」
「……これでも努力はしてるつもりなんだけど」


そう言って二人で笑いあう。

ここから喧嘩を始めなくなった程度には、お互いをわかりあえて来たらしい。





◆ ◆ ◆ ◆ ◆





「さて、じゃあお弁当でも作ろうかしら」
「お、いいな。アリスの手作り弁当楽しみだぜ」

そう言って作業を辞め、片付けを始める。

ふと窓の外に目をやれば、空はいつの間にか綺麗なオレンジ色。
どうやら今年の空の上の二人は、見せつけたい気分らしい。

「……最初から計画なんて無駄だったって事なのね」

つまり、最初から彼女は私を誘うのが目的で計画の話をした事になる。
こんなにわかりやすい彼女なのに、どうして私は未だに理解してあげられないのか。



「アリスー?」
「ええ、今行くわ」



とりあえず、今は今夜の星空デートに思いを馳せよう。

まだまだ、私達は始まったばかりなのだから。





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