素直に言葉が紡げない=バレンタイン記念SS=



恋愛とは戦いである。


そして昨日はバレンタインデー。乙女たちの聖戦、まさにその日であった。

チョコレートに想いをこめる、なんてそんな見え見えの事は私には出来ないから、ちょっと回りくどい方法をとった。
それはこっそり魔理沙の帽子に想いをこめたカードを隠しておく事。
なんともまあ在り来たりな方法ではあると思ったけれど、そんな事はどうでも良い事で。


大事なのは、ずっと置き去りにしてきた言葉を彼女に伝える事。


彼女の事だから、きっとすぐには気づかないだろう。もしかしたら、まさに今気づいているかもしれない。
そんな事を考えれば、思わずくすくすと笑いが漏れる。
こんな事を考えて空想に浸るのも、『恋』ってやつの楽しみ方の一つなんだろう。


「さて、と……」


きっと今日も来るであろう愛しい彼女の事を思いながらざっと今日一日の予定を立て、名残惜しさを感じつつもあたたかなベッドから抜け出した。
部屋の寒さに思わずひとつ、ぶるりと身震いをしてしまう。
目を少しでも覚まそうとカーテンを開ければ、眩しさで視界が真っ白になった。どうやら今日は昨日と違って快晴のようだ。

「……まずは雪かきが必要ね」

真っ白な世界から戻ってきた自分の視界に映るのは、こんもりと積もった雪、雪、雪。
太陽に照らされてキラキラと光るこの世界は、真っ白な世界と言うよりは白銀の世界という言葉がまさにぴったりだろう。

とりあえずは着替えねと、窓から離れたその時だった。



「あーーーーりーーーーーすーーーーー!」



そんな大声が聞こえてきたのだ。


驚いてまた窓に向き直れば、猛スピードでこちらに飛んでくる黒い影。
言うまでもなく、あれはきっと魔理沙だ。

「な……?!」

びっくりして思わず一瞬その場に固まってしまうが、すぐに我に返る。
このままじゃ危ない。家に突っ込んでしまう。その事自体は前に何度もあった事だが、前にあったからこそ危ない。
何度も何度もこっぴどく叱ったからか、魔理沙はそれをしなくなった。
つまり、魔理沙の脳内にはもうすっかり、『私の家に突っ込む=怒られる』の方程式があるのである。

その証拠に、ほら。
窓際に立っていた私の姿を見て、どうやら我に返った様子。一生懸命にコースをはずしている様子が伺える。

でも魔理沙。そのコースじゃ地面……じゃなくて雪原に突っ込んでしま――

「――あ」


そこまで考えた刹那、ぼふんと大きな音を立てて魔理沙は家の前の雪原に突っ込んだ。


一瞬の出来事に、しばしその場でなにも出来ずに立ちつくす。
だがまずやるべき事は、魔理沙の救出だろう。早く助けてやらねば、彼女は簡単に風邪を引いてしまう。

そうして、冷たい冷たい雪の上で目を回しているであろうちょっとお馬鹿な想い人を救出するべく、急いで着替え始めたのだった。










◆ ◆ ◆ ◆ ◆










「本当、バカなんだから」
「うう……」

暖炉の前で毛布をすっぽり被り、小刻みに震えながらとココアを啜る魔理沙は、申し訳なさそうに唸るばかりであった。
救出した時、真っ白で血の気の無くなった顔をしていた彼女であったが、今はもう頬にほんのりと赤みが差し、いつもの顔に戻っている。

正直、心臓が止まるかと思った。

私とは違う彼女。
少しの事で、あっさりと逝ってしまうかもしれないこの子。

ずっとずっと頭から離れないその事実はどうしようもない事だけれども、さすがにこんなに間抜け別れ方だけはごめんだ。

「本当、おばか……」

ゆっくりと彼女の髪を手櫛で梳いてやれば、ばつの悪そうな顔をして彼女は両手で持ったカップの中身をじっと見つめる。
サラサラと自分の手からこぼれていく彼女の髪は、まるで彼女自身と私の関係のように感じる。

ねえ、魔理沙。

私の言葉の真意は、あなたに伝わっているのかしら?
文面どおりだけではないって事を、彼女はちゃんと理解してくれているのかしら?

おバカで単純で、どうしようもないくらいにまだ子供なあなた。
そんなあなたに、私が柄にもなくこんなにも恋焦がれているんだって事、あなたはちゃんと気づいてくれている?



「なぁ、アリス」



そんな思いに耽っていると、急に彼女の声が掛かって。
思わず身体がピクリと一瞬反応してしまったが、そんな事に気づいて欲しくもなくって。

「なにかしら?」

平静を装って、ただそれだけを返す。
ちらりと彼女の方に視線を送るが、彼女はただもじもじとしているだけだ。

正直、魔理沙のやってきた用件については予想が付いている。
きっと、いや確実にあのメッセージカードの事だろう。
気づけば問いただしにくると思ってはいたが、まさかこんな朝早くに飛んでくるとは思わなかった。

えっと、だの。あー、だの。中々言葉を見つけ出せないでいる彼女の事を見ていると、正直たまらない。今すぐ抱き付いて撫でてやりたいような気分にさせられる。
それでもそんな衝動をどうにか我慢し無表情を装って、じっと彼女の言葉を私は待つ。
私の視線を感じて益々わたわたと焦る魔理沙をみるのも、正直に言えばすごく好き。

そうやって彼女の顔を見ていれば、目の下にくまのような物がある事に気づいた。

もしかして、この子寝ていない……?

もしそうなのだとしたら、昨日一晩眠れずにもやもやとした一晩を過ごしたのだろうか?
私がカードに気づいた魔理沙の反応を想像し、心躍るような気分ですやすやと寝ていた時、この子はずっと悩んでいたのだろうか?

そこでようやく、自分のした行動を後悔をした。
回りくどい事なんてしないで、ストレートに渡せば良かった。


「……ごめんね」
「え……」


思わず漏れてしまったその謝罪の言葉に、魔理沙はキョトンとした顔で私を見つめてくる。
その真っ直ぐな瞳の中には、私の顔が映りこんでいて。

その瞳に私が映っていてくれる事が、どうしようもなく嬉しいけれど。
くまだけではなく、どことなく腫れぼったくなっている魔理沙の目が意味する事は、ただ一つなんだろう。

ずっとずっと、私は魔理沙に甘えてばかりだ。

上手く行動で示す事も出来ないのに、つまらないプライドで言葉にすることも躊躇って。

またこうやって、大好きな彼女の事を傷つけて。


「アリス?どうしたんだ?」


俯いてしまった私の顔を、心底心配そうな顔で彼女は覗きこもうとする。
それでも私はまた、つんと顔を背けて。こんな情けのない顔、彼女には見られたくなくて。
それ以上追ってこないで黙り込んでしまう魔理沙の優しさが、嬉しいのに辛い。

本当は、拒みたくなんてないのに。ちっぽけで薄っぺらな私のプライドが、どうしてもソレを許してくれない。
それをわかって欲しいなんて、本当に都合が良すぎるけれど。それでも。


「……アリス?なあ、どうしたんだよ?」


不安そうにこちらを見る魔理沙に、心が痛む。

魔理沙は何も悪い事をしていないのに、きっと今すごく自分を責めてしまっているのだろう。

ただただ、私が自分勝手すぎるだけなのだから。


ああ、


どうして私は、こんなにも不器用なんだろう?
もっと上手く、あなたに伝えたいのに。

どうしてあなたは、こんな私に付きあってくれるのだろう?
こんな面倒な女、嫌いになってしまってくれて良いのに。



ふわりと、柔らかな肌触りの何かが頭の上から降ってきて。
驚いて顔を上げたら、こつんとおでこに衝撃があった後に、目の前に大好きな魔理沙の笑顔が咲いた。



「ほら、二人でこうすればあったかいだろ?」



頭からかけられたのは、さっきまで魔理沙の被っていた毛布で。
吐息さえも感じられるような至近距離に、魔理沙の顔があって。

おでこをくっつけあって、毛布で一緒に包まって。

別に寒いわけじゃあ、ないのに。
こんな慰め方、見当違いなのにどうして。



どうして、こんなにも心がぽかぽかするんだろう?
どうして、こんなにも自然に笑顔になってしまうんだろう?



「なあ、アリス。私は、お前がなんでそんな顔するのか全然わかってやれない」

そんな事を言っておでこをぐりぐりと押し付けてくる子供っぽい魔理沙。

「でも言葉にしてくれればさ、少しはわかってやれるんだ。だからさ」

おでこを離して、急に真剣な顔で私を見つめてくる魔理沙。


「もっと言葉にして、私にアリスを教えてくれないか?その……昨日くれた、バレンタインのカードみたいにさ」


照れて可愛くはにかんで見せる魔理沙も、全部全部。


好きなの。
全部全部言葉では伝え切れないくらいに、あなたが大好きなの。


真っ直ぐにぶつかってくる視線に耐え切れず、俯いて視線をそらした。


言葉にしろと言われても、出来ないこの想い。
簡単に言ってくれるけど、魔理沙だって行動だけで私に言葉にしてくれた事はないくせに。


「私だって言葉、欲しいのに。魔理沙ばっかり、そんな事言うの……ずるい」


我慢できずにこぼれてしまった恨み言。
思っている事とやっている事の矛盾が、どうしても解消できない。

上手く、自分を操れない。



沈黙が、二人の間に流れる。
重くなってしまった空気。魔理沙はなにも悪くない。悪いのは、いじっぱりで素直じゃない自分自身だ。

素直にただ、あなたが好きですと一言言葉にすれば良いだけなのに。
それが出来ないから相手に言わせようなんて、なんて卑怯な考えなんだろうか?



「あ、あああああアリス!!!」



ガシリと掴まれた肩。しどろもどろで情けなくなる、私の名。
驚いて彼女を見つめれば、彼女の顔は真っ赤に染まっている。

あ、と思った時には既に彼女の口はもう動いていて、

「す、すすすすすっ……き……だ……」

最初の勢いとは裏腹、ドンドンと下に落ちて行った彼女の視線と共に言葉尻もどんどんと落ちていって、聞きとるのもギリギリだった。

俯いた彼女の頭からは、なにかぷしゅーと湯気が上がっているようで。
真っ赤になっている耳が髪の毛からちらりと覗くのが、なんともこう、笑えて来てしまう。

「……ぷっ」

とうとう耐え切れなくなって、少し噴出してしまう。
いけないと思って必死に堪えるのに、どうしてもとまれなくて。
がんばって声を殺すも、どうしてもくつくつと声が漏れてしまう。

「な、なんだよ!なんで笑うんだよ!」

真っ赤な顔をして彼女は怒鳴る。
わかってはいるけれど、どうしても笑いを堪え切れない。



だって、そんな彼女がおかしくって、可愛くって――どうしようもないくらいに、愛おしいから。



「ごめん、魔理沙。よく聞こえなかったからもう一回言って?」



一通り笑ってからそんな意地悪な言葉を彼女に返した。
それを受け取った彼女の顔はどうしようもなく愛しすぎて、きっと一生かけても忘れられないだろう。










◆ ◆ ◆ ◆ ◆










結局今日は素直になる事は出来なかったけれど、きっといつか素直になろう。

本当は、私だってあなたに『好き』と伝えたいのだから。

真っ赤になって私にからかわれてくれる優しい魔理沙とのやり取りを楽しみながら、そんな事を彼女から貰った一日遅れのチョコレートに誓った。




恋愛とは、戦争である。




乙女達の聖戦。バレンタインデー。


それは、そんな事を確認するための日でもあるのかも……?











fin...
2011.02.15. up.

2011年、バレンタイン記念マリアリSS。
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