アリスからチョコが貰えなかった=バレンタイン記念SS=



アリスからチョコが貰えなかった。
 
 
 
昨晩から抱え込んだままの時計の短針は、無情にも7という数字を指している。
勿論夜の7時ではない。朝の7時だ。朝日が目に染みる、そんな朝7時だ。
 
昨日はバレンタインってやつだった。
 
バレンタイン……それは女の子が合法的に好きな相手に思いを伝えられる日。
 
そんな行事が幻想郷に伝わったのは早苗が来た数年前だが、今や幻想郷中の殆どの住民が知っている立派な年間行事の一つだ。
 
勿論私自身も参加一択だった。
 
去年やったみたいに色んな人に配って回る事も考えたが、今回は違う。『本命チョコ』ってやつを一つだけ用意したんだ。
よくわからなくてチョコをバラまいた一昨年。一人にだけ渡すのが恥ずかしくてチョコをバラまいた去年とは違う、たった一人の為に作った手作りチョコレート。
 
大好きで大好きでたまらない、アリスだけの為に作ったこの世に一つだけのチョコレートだった。
 


私達の関係は、なんでかなぁなぁになってしまっていて。
きっと思いは通じていると信じているけれど、言葉にした事も、行動にした事も一度もないのだ。


 
そんな私達の関係を変える救世主。
それが年に一度のこのバレンタイン!

……の、はずなのだが。


実は私、霧雨魔理沙は一度もアリスからチョコをもらえた事がないのだ。


去年も一昨年もアリスからチョコレートを貰えなかったのは、きっと私が色んな人に配ってしまったせいなのだと思ったから。
一昨年はともかく、去年は私が素直になれなかったからアリスは私にチョコをくれなかったんだと思ったんだ。
 
 
 
だから、色々考えた。
予行練習だって、ちゃんとした。


 
すっかり暗くなった魔法の森。
家の前で別れる間際に、アリスから呼び止められる。
 
『あのね魔理沙……これ……』
 
なぁんて事を言って、ちょっと染まった頬を隠すように顔を背けながらこちらに可愛くてちょっと凝ったラッピングがされたチョコをそっとアリスは差し出してくる。
そんなアリスに私は一瞬驚いてから、ずっとずっと待っていたこの瞬間が来た嬉しさで勝手に頬が緩んで。それを隠すように私も思わず顔を背けてしまうんだろう。
 
『ん、サンキューな』
 
内心嬉しくて嬉しくて今にも踊り出しそうなんだけど、気恥ずかしいのやら喜んでるのを隠したいやらできっと素っ気無い返事になっちゃうんだろうな。どう頑張っても、それは確定だ。
でも緩む頬は抑えられなくて、素直になれない私はきっとアリスの顔は見れないんだ。
情けないな、私。自分でもそう思うけど、どうにも治せないんだからしょうがないじゃないか……っと、そんな言い訳を自分にしている場合じゃなくて。

アリスがくれたんだから、私もちゃんと渡さなきゃ。
ずっとポケットに隠し持ってた手作りチョコをそっと取り出して、精一杯の勇気を振り絞って、
 
『私も、これ』
 
そう言ってずいっとチョコを突き出すんだ。きっと顔は見れない。恥ずかしすぎるしアリスの反応が怖すぎる。いや、きっとじゃないな。絶対見れない。これも確定だ。
 
『え……?これを私に……?』

そんな感じの事を言って、多分アリスはおずおずと私の手からチョコを受け取って……うわ、ヤバいな。嬉しさと不安でもう頭真っ白になっちゃいそうだ。まあ、勿論頑張って堪えるけど。
 
アリスの事だからきっと私のチョコがいつものと違うって気づいてくれるはずだ。そうに違いない。……そうだとしよう。
 
で、気づいたアリスはきっと驚いて私を見るんだ。顔を上げられない私の反応を見て、アリスはきっと私の込めた気持ちをちゃんと理解してくれるはず。そしてきっと私と同じように顔が見れなくなっちまうんだろうな。
そんなアリス、本当に可愛いな。可愛くて可愛くてぎゅーっと胸が締め付けられるんだ。
苦しいのにどうしようもなく心地良いその感覚は、何度味わっても飽きる事はない。だってそれは、どうしようもなく甘美なものだから。その甘美な味が忘れなくて、何度だって求めてしまうんだ。
 
まあ多分その後私達は二人とも黙りこくってしまうんだろう。
だから今度こそ、私は覚悟を決めて言わなきゃいけない。
ここでアリスから口を開かせてしまったら、多分これからも上がらなくなってしまうし。
 
……まあ、それはそれで実は嫌じゃないんだけど。
 
とにかく私はそこでちゃんと言うんだ。
 
『アリス』
 
アリスの顔をしっかりと見つめて、余計な小細工じゃなく、真っ直ぐな言葉でただ……
 
『私、アリスが……』

真っ白な雪の降りしきる中、私達はそのまま寄り添って一晩を過ごすんだ。
チョコなんてあっと言う間に溶けてドロドロになるくらい、熱くて素晴らしい夜。
 
 
 
……そんな風になるはずだったのに。
 
 
 
結局その起爆剤になるはずだったチョコレートはアリスから渡される事はなく。勿論、自分のチョコもアリスの手に渡る事もなく。
 
 
自分から渡すには、どうにも勇気が出なくったって。アリスから渡してくれたら、渡せるはずだったんだ。
 
 
そんな情けないと自分でもわかっている言い訳を繰り返しながら、ポケットに突っ込んでいたチョコの重さを感じて帰る帰り道は、どうにもこうにも涙がこみ上げてきてしょうがなかった。
 
ダメだったと思いながらも捨てきれない期待を胸に、時計をチラチラ過ごした夕飯時。
日付が変わっても寝なければまだバレンタインだと言い聞かせて、時計を抱え込んだまま布団に潜り込んだ深夜。
 
 
誰も訪れる事なく、一睡も出来ぬままに終わってしまった寂しい寂しい夜。
一晩中、絶対にあるはずのない妄想に想いを馳せ、ふと我に返った寂しい寂しい朝。
 
 
その全てを越えて、今私はこうしてベッド横で燃え尽きたのだ。
 

悔いはある。憂いもある。
悲しみも苦しみも留まる事を知らぬと言わんばかりに溢れてくる。

だが私の涙腺と体力は限界で、もうなにも沸いてこない。
 

もう、休んだっていいじゃないか……。

  
そんな事を思い、重力に逆らうことなく瞼を閉じる。

「アリス……」

自然と出てしまったその名は、ただ虚しく響いていく。
寒々しい部屋が、益々寒くなったようなそんな気がした。

このまま風邪でもひいてしまえばいい。
そのまま寝込んで、しばらく顔を合わさなきゃきっとこの気持ちも晴れる。

全部ひとりよがりだなんてわかった上の事だったし、別にこんなに凹む必要もないはずなのに、本当に自分は馬鹿だ。



ごろんとそのまま床に寝転がって、ぼーっとそのまま床に散らばったもの達をなんとなしに眺める。
ふと帰って来た時から放り出していた帽子がそこにはおいてあって、なにか急に気になった。


そういえばと昨日遊びに行った時の事を思い出す。

『そこ、解れてるじゃない』

私が遊びに行くなり、そんな事を言ってアリスは私の帽子を強奪していったんだっけ。
昨日自分で被ったときには全く気づかなかったけど、一体どこを直してくれたのだろう?

ぐいと床に転がっていた何かの棒で帽子を引き寄せ、修正された箇所を探し出す。
きっとこんな取り方ばかりしているから、いつの間にか解れていたんだろうけれど、直そうと言う気にはなれなかった。
だって、少しでも解れていたらアリスが縫ってくれる。アリスの家に行く口実になるじゃあないか。

「お、ここか」

少し不自然に盛り上がったソコは、すぐに見つかった。
なにか急にこの帽子が愛おしくなって、ぎゅっとぎゅっと抱き締める。
いや、帽子はいつでも大切なんだけれども今日はまた特別なのだ。

なにか抱きしめる事で昨日のアリスの温もりが感じられそうな気がして。
そんな事ありえないなんてわかっているのに、思わずこうしてしまうのはなぜなのだろうか?

きっとこれが、『恋』ってやつなんだろうな。

一人そんな事を納得して、我に帰る。
いや、きっとどちらかというと自分のやってる事は変態行為なのか……?


「……ん?」

そんな疑問にかられつつも、ふと視界の隅に映ったものがあった。

「なんだ、これ?」

全く見覚えのない、可愛らしいメッセージカードが一つ、そこには落ちていて。
何も考えずにひょいと拾って中を開けば、何か見慣れぬ文字。恐らく英語。なんとなくしかわからないけど、なんとなく意味を理解して、心がまた踊り始める。

よく見れば隅に人形の形をした絵のような物がくっついているから、これはきっとアリスのもの。
そしてきっと、この帽子から落ちてきたものだろう。



つまりは、そういう事か。



理解して、考えるより先に身体が動いた。
帽子と箒と本命チョコを握り締める。
髪は手櫛で適当に整えた。顔は酷いかもしれないが、正直今は良い表情をしている気がする。

今さっき思い出したが、そう言えば去年彼女が言っていたじゃあないか。
バレンタインには、カードを贈る習慣があるところもあるらしいって。
よくよく考えれば、なにかカードで想いを伝えてくるって方がアリスらしいじゃないか。

どうして昨日、ちゃんと帽子を片付けなかったんだろう。
片付けさえしていれば、きっとすぐにこのカードに気づいていたのに。


きっと、アリスも私と同じ夜を過ごしたんじゃあないだろうか?
来るかわからぬ相手を待って、眠れぬ寂しい夜を過ごしたんじゃあないだろうか?


そして今、きっとさっきまでの私と同じ気持ちでいるに違いないんだ。


そんな後悔ばかりが頭に浮かんでは自分の心を痛めつけるが、今はそんな事を言っていても仕方がない。
今やるべき事は、そんな事じゃあないはずだから。


さあ、目指すはアリスの家。
もう何も枷はない。全速力で駆け抜けよう。


日の光が雪に反射して、世界は綺麗に輝いている。
まるで、私の未来を象徴してくれているかのように感じた。


「アリスーーーーー!今行くからなーーーー!」


我慢できなくなって叫んだその声は、冬の綺麗に澄んだ空気に溶けていく。


心が躍る。全身から力があふれ出てくるような気がする。
今ならきっと、箒無しでもそれが飛べるはず!
……いや、元々飛べるんだけれども。

でも本当にそんな気分なのだ。



だって。



アリスからチョコは貰えなかった。

でも、

もっともっと欲しかったものをちゃんと貰えたんだもの。





恋色に染まった魔法使いが飛び去った後、残されたひらりと舞ったカード。
そこに書かれているのは、大好きなあの子からの魔法の言葉。

【Thank you for being such a wonderful friend. I'm thinking of you especially on Valentine's Day!!】
(いつもステキな友達でいてくれてありがとう。特にこのバレンタインデーにあなたのことを思っています)

少し不器用な、そんな言葉だった。








2011.02.15. up.

2011年、バレンタイン記念マリアリSS。
ご拝読くださった皆様、ありがとうございました!

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