その者、中毒者につきご注意を







きっとアリスは、私に毒を盛っている。





◆◇◆その者、中毒者につきご注意を◆◇◆





「解毒薬をよこせ」

そんな結論に至った私は、毒を盛っているであろう犯人の元を早速訪ね、開口一番にそう言ってやったのだ。

容疑者・アリスはきっとこの私の推理と行動に驚愕し、恐れ、すぐに解毒薬を差し出すだろう。
我ながらなんという完璧な計画。そして驚きの実行力。自画自賛は余り好きなほうではないが、今回くらいはちょっとばかりしてみてもいいのではないだろうか?

「……はぁ?」

そんな私の完璧な計画をたったその一言で台無しにしてくださった、容疑者・アリス。
流石は私を陥れようと考えた犯人だ。そこは驚いて『魔理沙っ!そうしてその事に気づいたのっ?!私の犯行は完璧だったはずなのにっ!』と大げさに見えるくらいに驚いてみせるところだろうに。
薄々感じていたが、やはり一筋縄ではいかない奴だったか……。

「だから、解毒薬をよこすんだ」

だからと言ってここであっさり引き下がる魔理沙さんじゃあない。
なめてもらっちゃ困るぜ?これでも私はザリガニの魔理沙と呼ばれたことがあるんだ。ザリガニ釣りに行くとなんでかザリガニから指を挟まれて離されなくなる、そんな幼少の思ひ出。ちょっとかなり痛い思ひ出だ。ちょっと男の子達の遊びについて行っただけなのに。ちょっとだけバケツの中のザリガニをつついただけだったのに。なんか人差し指にあの時の痛みが蘇ってきたけれどこんな精神攻撃じゃあ負けないのぜ。

「ねえ、魔理沙。早朝から人の家を訪ねてきて開口一番それって何?というかせめて、まずはおはようの挨拶じゃないの?」
「おはようっ!早く解毒薬を出せ!」
「いや、だからね……いえ、やっぱりもういいわ。早く上がらないと風邪引くわよ?最近朝夕は冷えるんだから」

はぁっと大きなため息をついてこめかみ辺りを押さえながらも、犯人は私を家へと上がらせようとする。
さてはこいつ、また一服盛って私の事を黙らせるつもりだな?
中々手強いな、アリス。強敵だ。知ってたけど。

ここは作戦変更。プランBだ。
アリスの家に招待されてやって、その上で言い訳の出来ないブツを手に入れて白状させる。
うん、これなら流石の強敵・アリスも言い訳出来まい。ああ、本当になんて今日は冴えてるんだ私……!

「しょうがないから招待されてやるぜ。あ、朝食は白米と――」
「言っておくけどパンしかないから。食べさせてもらえるだけでもありがたいって少しは思いなさいよ」

そうやってアリスは私の要求をあっさりと切り捨てる。
正直、言うだけなんだから最後まで言わせてくれたっていいのにっていつも思う。言うだけ言って満足。ちゃんとこれで感謝はしてるんだ、心の中で。

……と、ちょっと拗ねかけて私は気づいた。
これはきっとそのパンに一服盛ってあるということだ……!そうに違いない!そう考えればいっつも私の要望が却下される事にだって説明が付く!

「ふっふっふっ……そういう事かい、アリス君……」

余りの自分の推理力に思わず心に閉まっておくべき声が口から飛び出した。
しまった。これでは私がアリスの計画に気づいてしまった事に勘付かれてしまう!

慌てて目の前にいるはずのアリスの方を見やれば、すでにそこにアリスの姿はなく。
そこで初めて、私は玄関に置いていかれた事に気づいたのであった。





◆ ◆ ◆ ◆ ◆





「で、解毒薬って?」

私を玄関に置き去りにした酷い奴が、キッチンに辿り着くなりそんな事を尋ねてきた。
こいつ、あくまでシラを切るつもりだ。もうとっくに君の計画はまるっと全部お見通しだというのに、無駄な足掻きを……。

「解毒薬は解毒薬だぜ。私の体は誰かさんの計画通り、毒に犯されているみたいだからな」
「誰かさんって……あなた、毒を盛られたの?しかも犯人はわかっているってこと?」

料理をする手を止めて、じろりとこちらをアリスは見つめる。
別に怖くなんかないけど、思わず私は顔を逸らした。そんな風に、こっち見るなよ。

「犯人はまあ、一応目星はついてるんだがな。自分で解毒しようとしたけどどうにもこうにも――」
「馬鹿っ!それならそうとなんで早く言わないのよっ?!」

急に変わった彼女の声色に、思わず驚いてビクリと体が跳ねた。
馬鹿も何も、毒を盛ったのはアリスだろう?なんだよ、なんでそんなに怒るんだよ?
ああ、俗に言う逆ギレってうやつか。いや、違うな。これは自分じゃないって主張するための芝居だな?
くそう、なんだよ……そんなにしらばっくれたいのかよ。本当はもう全部わかってるんだからな。全部全部アリスのせいだなんて、もう全てまるっと全部お見通しで……。

「そんなに酷い毒ならどうして出歩くの?どうして元気な振りしていつも通り私の家なんかに来るのよ?ああもう、今はそんな事は良いわ!とにかく早く永遠亭に行って……って」

アリスの言葉が止まった。
私はただ、黙ってアリスを見つめている。

「……魔理沙?ねえ、具合が悪いの?お願いだから急に黙らないでよ」

なんだよ、そんな心配そうな顔したって私は騙されないぞ。
犯人はお前だろう、アリス。私に毒を盛っている犯人は、お前しか考えられないんだ。

だって、この毒は本当に奇妙な毒。
あなたの行動のひとつで、私の体中がおかしくなるんだ。

例えばさっき。
玄関に置き去りにされて、なにかに胸の辺りが抉られる様なそんな痛みが走った。
じーんと目頭が熱くなって、ちょっとだけ泣きたい気分になるんだ。
勿論、そんな事で泣くような魔理沙さんじゃないけれども。

例えば、今。
本当に心配そうに私に声を掛けてくれるのが嬉しくって、何を言っていいのかわからなくなった。
いつもは簡単に出てくる軽口さえ、全く出てこなくなってしまう。
絶対、こいつが毒を盛った犯人なのに。ちくしょう。

そして何より、厄介なのは。

この毒の中毒性は異常なのだ。
だから毎日、アリスの家に通いたくなってしまう。
毎日毎日、アリスに会いに来てしまうのだ。

「ちょっと……?魔理沙、本当に大丈夫なの……?」

そっと私に触れてくるアリスの手。
ちょっと触れただけなのに、私の脈拍は一気に跳ね上がる。

今度は不整脈だ。また新しい症状が出た。
なんでだよ。私は今日はまだ、アリスから出されたものを口にしていないのに。

「ねえ、魔理沙ってば!呆けてないで何か言ってよ!」

ぐわんぐわんと体を揺さぶられる。
やめろよ、毒の回りが早くなっちまう。
というかやりすぎだ、あきらかに。これじゃあ毒より先に目が回る。

目が回り始める前に、冴えている今日の私ははたと気が付いた。
ぶんぶん振り回されたところで、毒の回りはきっと早まりはしない。

スーッと頭の靄が晴れていく。
なんだ。私はそうなのか。
こんな症状、それ以外ないじゃないじゃないか。

食べ物に毒を盛られていたわけじゃあない。
この毒の正体は、きっとアリスから直接放たれるモノ。

「落ち着けアリス。私は無事だ、今のところ」

冷静にそう言い放つ。
ぐわんぐわん揺さぶられていたから声はぶれまくったけれど、とりあえず意図は伝わった。
アリスのぶん回す攻撃から開放される。

「なんでそんなに落ち着いてるのよ?!」
「いや、正直今も症状が進行中で私は今にも爆発しそうだ」
「毒なのに爆発するわけないでしょ、馬鹿!苦しいの?ねえ、どこら辺が?」
「うわ、ちょっ!」

そう言うなり、アリスは私の体を弄り始める。
体中が熱い。もう逆上せてしまいそう。やめて、これ以上されたら本当にヤバイから。

「ああもう!大丈夫だから落ち着いてくれよ!」

アリスを引っぺがす。
この心配っぷりが演技なら、おそらくアリスは演劇でなにか賞が取れる。
それほどまでにリアルすぎたから、私は考えを改めることにする。

この子、多分無自覚で毒を放っていらっしゃる。
おかげでこっちの症状は進むばかりだ。

「でも魔理沙……」

心の底から私の事を気遣ってくれてるって、不安げに私の名を呼ぶアリスから伝わってくる。
やめてくれよ。そんなに可愛い顔、しないでくれよ。いつもより何倍か増しに可愛く見えてくるじゃあないか。

先程までよりもずっとずっと、アリスの毒が欲しくって堪らなくなっている。

「やっぱ、解毒剤いらない」
「え?」

火照る体と、ぼおっとする頭が私が楽になれる方法を叩き出した。
ちょっとは試してみる価値、あるかもしれない。

「私にもっと、毒を盛ってくれよ」

可愛い可愛いアリスの顔に、そっと自分の顔を近づける。
拒否されることだって覚悟した。一発くらい殴られたっていいと思った。

それなのに、あなたは私を跳ね除けない。困惑しているのかもしれないけれど、本気で嫌ならもう思いっきり突き飛ばされているはずだろう。

もう、私は止まれない。止まることなど、もう考えもしない。
これから私達の関係がどう転がっていくかなんて、考える余裕はもうない。

そのくらいに、あなたの毒は私を蝕んでいる。
私の心は、あなたの毒をこんなにも求めてしまっている。

もう、私は完全にあなたの毒の中毒者。
欲しくて欲しくて堪らないから。だから。

今、そっと触れた柔らかい唇から、いっぱいに毒をいただいてやるんだ。

緊張しているのは、あなたか私か。
ほんの少しぷるぷると小刻みに震える私達は、はたから見たらさぞ滑稽だっただろう。

たった数秒、されど数秒。
その数秒の間で、カラッカラに干上がりそうだった私の心はアリスの毒でたっぷりと満たされる。

そんな私の数センチ前で、真っ赤になって呆けているアリスの間抜け面が、どうしようもなく嬉しくって。

「この私を中毒者にさせたんだから、覚悟しとくんだぜ?」

そんな可愛いあなたの耳元に、そう囁いてやった。
自然と唇の端が上がるのがわかる。きっと、あなたは今先程までよりもずっと真っ赤な顔をしているのだろう。



甘くて苦くて酸っぱくて。
そんな味のするこの毒を、私はもう手放せない。

最初に毒を盛ったのは、あなた。
今度は私が、私の毒であなたの心を満たす番。

今度は私が、あなたを私の中毒者にする番なのだ。



-End-

2011.11.01. up.

そんな俺はマリアリ中毒者。

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