Sweet Egg






気付けば、卵がひとつココにあった。
この卵、一体いつになったら孵るのだろうか?





〇 ● 〇 ● ○





――早朝。……というより、正直まだ深夜といっても良い時間なはずだ。

どうにもこうにも寝苦しく、寝返りを打とうとした時だった。
身体が動かない。そんな違和感に気付いたのは。

どうせ知りあいの誰かの仕業だろうと言う事はわかっていた。
心霊現象とかそういうものに怖がるような可愛い思考はあいにく持ち合わせて居ないし、何よりこんな風にして人をおちょくろうとする知り合いに心当たりが多すぎた。驚けとか、怖がれとか、そう言う方が無理ってものだ。

だが、正直言ってこの状況は度肝を抜かれた。

やれやれと渋々目を開けて私の安眠を妨害した犯人の顔を拝んだ瞬間、正直驚き過ぎて絶句。
思わず何を言っていいのかわからなくて意味もなく口をパクパクと動かしてしまったほど、私は驚いたのだ。

目の前にいたのは、正直全く予想して居なかった人物……――アリス・マーガトロイドだった。

「ねえ……シロミとキミ、どっちが好き?」

言葉の意味がわからない。行動の意図もわからない。つまりはなにがなんだかわからない。
こんな状況、私はただ呆けることしか出来ないじゃあないか。もしその他にやりようがあったのなら是非今すぐ教えて頂きたいところだ。というか今この状況に置かれた私と是非代わっていただきたいものである。

「ねえ、魔理沙ってば。シロミとキミ、どっちが好きなのよ?」

少々不機嫌そうなに顔を歪めて、彼女はまたそんな意味不明な質問をぶつけてくる。
なんなんだこいつ。全くさっぱりこれっぽちもわからない。というか、本当にこいつは私の知る『アリス・マーガトロイド』なのか。
今の状況、彼女の状態から判断するに、もうそこから疑ってかかる必要があるようにしか思えない。だって、私の知る『アリス・マーガトロイド』はこんな人物ではないのだから。
どこか冷めていて、どことなく上品で、いっつも人の事を子供扱いして、なんだかんだで面倒見が良くて、素直なのにどこか素直じゃなくて、ちょっと照れ屋で、そんなところが……じゃなくて!
とにかく、今こんな風に私の上に跨って子供のように、まーりーさー?きーてるのー?なんて人の身体をゆっさゆっさと揺するような、そんな『アリス・マーガトロイド』を私は知らない。

ああ、そうか。きっとこれ、夢か何かなんだ。
というか夢だ。夢に決まってる。

そう結論付けて、もう一度目を閉じる。
夢の中で目を閉じてまた寝ようとするってのも何か変な気がするが、まあソレはソレ。今は今だ。
願わくば、こんな微妙な夢ではなく飛びきり幸せな夢が見れますように……。

「ちょっと魔理沙、無視は酷いじゃない?起きないさいよ!」

ゆっさゆっさと揺れる……いや、揺さぶられる身体。枕に何度も擦り付けられる後頭部が若干痛くなってきたがきっと気のせいなんだろう。夢なんだから。
というかなんだろこれ、なんかちょっと客観的にみると少しエロい気がしてくる。いや、決してアリスとそういうコトをしたいとかそういうコトではなくだな。……いや、ちょっとはそういうコトにも興味が無くはないけれども。

「魔理沙ってばー。ねえ、起きて?起きてよ。私の質問、ちゃんと答えて?」

ゆっさゆっさゆっさと、一定のリズムで揺らされ続ける身体。ちょっと気持ち悪くなってきたが、そんなものも気のせいなのだ。もう良い加減違う夢にして欲しい。いや、なんなら目が覚めてくれても良い。そしたらこんな変なアリス、見なかったことにして私はこの記憶をすぐに忘却する為に二度寝を決め込むと誓うから。

ゆっさゆっさゆっさ。
ゆっさゆっさ。
ゆっさ……ゆっさ……。

身体の揺れが、少しずつ弱くなる。どうやら私はやっとこの夢から解放されるらしい。
ホッとして深く息を吐いた。きっと、目が覚めた頃にはこんな夢を見た事など忘れ去っているはずだ。
未だに身体に残る、彼女の重さ。
その重さも、ほんの少しベッドを揺らしてふわりと私の身体の上から消えた。

だから、それはまさしく不意打ちだった。

「ね、魔理沙……私のお願い、聞いて?」

ほっと胸を撫で下ろし、さあ次はどんな夢だとちょっと心を躍らせた、そんな瞬間の出来事。
彼女の優しい優しい囁き声が、耳元に。ついでに言えば、ふぅっと息も吹きかけられたような気もしなくもない。

思わず飛び起きた。布団を跳ねのけた。どっくんどっくんと心臓は早鐘を打っている。
おかげで妙に血行が良くなってしまったから、多分今私の顔は真っ赤だろう。

「で、シロミとキミ、どっちが好き?」

そんな私をニコニコと見つめながら声を掛けるのは、やはり『アリス・マーガトロイド』で。

認めたくなかったがもう認めざる終えない。
これはもう、夢ではない。どうしようもなく現実だった。
気付かない振りをしたかった。気付いてしまいたくなかった。認めてしまいたくなかった。
起き抜け……いや、起こされ抜け一番か?とにかくその時から鼻腔をくすぐっているのは、間違いなく彼女の柔らかな甘い香り……と、強いアルコールの匂い。

つまりは、酔っ払いアリスが私の目の前にいる。そんな現実。
だがしかし、あまりにもいつもと違う様子のアリスさんを私は正直現実だと認めたくなかった。そしてなにより、面倒だった。ソレだけだったのに。

現実は現実。受け入れるしかないのだと、今まさに悟った。
それが如何に受け入れがたい現実だったとしても、それは現実でしかないのだ。
だったらこの現実を受け入れて、私は対処するしかない。覚悟を決めるしか、選択肢は最初からなかったんだ。
だからこそ、私は今、人の枕元にちょこんと顎をおいてこちらを見上げる現実の『アリス・マーガトロイド』を向き合うしかないのだ。
どうしてココに来たとか、どうやって鍵を開けたとか、その意味不明な質問は何だとか、どうしてそんなにしつこく私にかまうのかとか、聞きたい事は沢山ある。というか、聞かねばならない事はいっぱいある。

「ねえ、魔理沙?良い加減私も怒るわよ?」

……いや、怒りたいのはこっちだから。

「……とりあえずその質問の意味を教えてください」

そんな本音や私の言い分ををぐっと押し込め、むーっと言わんばかりに唇を尖らせる彼女にそれだけしか返したのは、どうせ言っても無駄なのだろうとなんとなく悟ってしまっていたから。

酔っ払いとは、得てして面倒なものなのである。

そんな世の中の不条理な法則を、私はもう既にこの十数分の彼女との戦いで十二分に理解していたのだがら、悟る他なかったのだ。



とりあえずベッドサイドに置いてあったランプにを灯し、アリスをベッドに座らせ、自分もちゃんと座り直し、向かい合うような形をとってみた。
ランプのぼんやりとした光に照らされた彼女の頬は、心なしか赤い。やはり間違いなく酔っていらっしゃるご様子。
こんな様子のアリス、とっても珍しい。彼女との付き合いはそれなりに長いが、こんな風に酔っ払った姿など見た事はなかった。

「で、さっきの質問の意味はなんなんだ?」
「意味?そんなの特にないわ。あえて理由をつけるとしたらなんとなく聞きたくなったから?」

いや、疑問符をつけられても。
アリスさんの言葉に突っ込みを思わず入れそうになってしまうが、ここはぐっと飲み込んでおく。
きっとそんな事を突っ込んでしまったら一向に話は進まないであろうという予想は安易に出来た。ここは適当に流して適当に返事をして、適当なところで切り上げて帰って頂くのが賢明な判断ってもんだろう。
そうとなれば先程の彼女の問いに答えるのが一番手っ取り早いって事になる。そうだ、そういうコトだ。
だったら早く話をつけて帰って頂くことにしよう。そして、私の安眠の時間を返して貰うんだ。

そんな結論を出すのに10秒弱。一瞬で出来そうな判断をこんなにも遅らせた理由は、目の前の彼女。
じーっと私を見つめ続ける彼女の表情が、私の思考の邪魔をするのだ。
ほんのりとピンク色に染まった頬。少しばかり潤んだ瞳。ちょっとだけへの字に曲がった、かわいい唇。
それらの全てが、私の頭の中をなんでかぐちゃぐちゃにかき混ぜてしまう。
あの頬に触ったら熱いのだろうか、とか。このまま答えずにいたら、あの瞳からは涙がこぼれ落ちてしまうのだろうか、とか。
そんな事ばかりが、頭の中に浮かんでは消え、浮かんでは消え。

集中できない。考えをまとめられない。

そしてふと、気付く。
気付けば中途半端に彼女の方へ伸びた、自分の手。
そんな自分の手を、慌てて引っ込めた。一体何をやっているんだ、私は。

いくら伸ばしたところで、触れる事など出来やしないのに。


さて、そんな事よりも。


気を取り直して、先程の彼女の質問の意味を考えて見る事にする。要領を得ない彼女の答えに期待するよりも、こちらの方がいくらか近道であろう。

シロミとキミ、か。
よくよく考えるまでもなく、おそらく卵の事だ。
目玉焼きかゆで卵か、焼き加減はどうかゆで具合はどうかとか、そういうものでも好き嫌いが別れるのだが……まあとりあえずここは適当でいいだろう。

「あー……じゃあ黄身」
「じゃあってなによ」

しまった、思わず余計な言葉を付けてしまった。
だがそんな事に今更気付いてももう遅い。
不満げな顔をした彼女がじりじりとにじり寄ってくる。

「あ、いや……黄身の方がどちらかというと……」
「どちらかというと、を聞いてるのではないのよ。どちらが、と私は聞いているの」
「だから黄身の方がだって言ってるじゃないか」
「キミの方が、何?」
「いや、だから……」

本当、酔っ払いというものは困ったものだ。
どうしてアリスの顔がこんなにも近くにあるのか。
いや、答えは簡単なんだけども。彼女がこっちに近づいてくるからに決まっているのだけれども。

ああ、もう本当に。

酔っ払いって、どうしてこうなんだ。

いつもは絶対にしないような事を、いとも簡単にやってしまう。
真っ赤な顔をして平気で人に詰め寄ってくるような事、してしまうだなんていつもは絶対にしないくせに。

知ってるんだ。

あなたの傍に行こうとしても、この距離は縮まってくれないんだって。
いつも傍に居たくて私が一歩近づけば、あなたは一歩引くことを。

知ってたんだ。

触れようとしても、するりとあなたは逃げて行くんだって。
いつも勝手にあなたの方へ伸びてしまう私の手は、いつだって自然で不自然にあなたに避けられてしまうことを。


それでも近づきたくて、触れたくて。


ああ、どうしてこんなにも。

酔ったあなたは、残酷なんだろう。



ぎゅっと、唇をかみ締める。

ダメだ。
そう、何度も何度も思っているのに。

どこにもやりようのない思いが、私の心の中に渦をまく。
それは暴れて、飛び出して。
胸の中に留めて置けず、のどの奥にこみ上げてきて。
全て綺麗に飲み込んで、全部全部なかった事にしたいのに。



「キミが好き」



飲み込みきれなかった思いが、飛び出す。

どこか冷めていて、どことなく上品で、いっつも人の事を子供扱いして、なんだかんだで面倒見が良くて、素直なのにどこか素直じゃなくて、ちょっと照れ屋で、ちょっと卑怯なキミ。

そんなアリスの事が、大好きなんだ。



「私も」



やってしまったと後悔し始めたその瞬間。
そう言ってふわりと、あなたは笑う。



「私も、好き」



潤んだ瞳。
赤く染まる頬。
いつもと違う、あなたとの距離。

その全てに、勘違いしてしまいそうになる。



これはきっと、卵の孵る夢なのだろう。

抱きしめて、好きだと囁いて、甘い甘い夜をと望んでやまない私の心が魅せる、夢。

私の心にいつの間にかあった卵が、孵る日の夢なのだ。



今だけは、現実になんて蓋をして。

彼女の柔らかそうなソレに触れたいと思った。

どくんどくんと動く心臓。少し震える、自分の身体。
彼女との顔の距離、およそ20cm。

夢なのならば、触れてしまえばいいのだ。
触れてしまえれば、いいのに。

先程から動かぬ距離で、じっとこちらを見つめる彼女の顔。
その表情は、ほんの少しだけ悲しそうに歪んでいて。

閉じ込めたはずの現実は、蓋なんて出来ないほどにどうしようもなく切なく、苦しく。
これ以上、夢を見ている振りなんて出来るほど、私の心も強くない。


「さ、答えたぜ。酔っ払いはさっさと寝な。しょうがないから今日は私の床を貸してやろう」


そう言って、ぼふんと手元にあった枕をアリスの顔に押し付けた。
むきゅっなんて、どっかの引き篭もり魔女みたいな声で彼女はひとつ鳴いて、彼女はそのまま動かなくなる。
この酔っ払いが何を考えているのか、何かを考えられているのか、ソレさえもわからないけれども。

「私はリビングのソファーで寝るから。おやすみ」

そう言ってこの場から立ち去ることしか、今の私には出来なくて。

「まりさ」

彼女の呟きのような呼び声は、聞こえない振りをして扉を閉じた。



さあ、もう一眠り、するとしよう。
今度こそ、飛びきりに幸せな夢が見れますように。


ピシリと小さく音を立てて、卵にひびが入った気がするのは、きっと気のせい。

甘いはずのこの卵には、まだヒビなど入るはずもないのだから。



fin...
2011.07.24. up.

シリアスマリアリ。甘くするはずがしょっぱくなった。
下から行けるアリス視点はおまけです。おそらく気が重くなるばかりなり。

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※お返事は本HP内メニュー、ブログにてお返しいたします。

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