例えば君がいなくなったら
例えば君がいなくなったら、私はどうするのだろう?
ソファーで眠るアリスの寝顔を見ながら、そんな事をふと思う。
先程までは、ただぼんやりと君の寝顔を眺めているだけだった。
遊びに来たのに君が寝ている事にちょっとばかり拗ねて、いたずらしてやろうかなんてすぐそばまで近寄ったけれど。
結局私は、何も出来ずにそのまま床に座り込んでしまった。
気持ち良さそうに眠る君を見ていたら、なんとなしに眺めていたくなってしまったから。ただそれだけ。
そのはずなのに、何でか思考は暴走して変な事考え始めてしまっている自分がここにいる。
例えば君がいなくなったら。
きっとおそらく、私はうろたえるのだろう。
まずは冗談だろうと無理矢理笑って、きっといつの間にか泣き始めてしまうのかもしれない。
昼も夜もわからなくなるまで泣き続けるのだ。ただただ、悲しみにくれて。
そしておそらく、その後は。
君を探して、幻想郷中を彷徨ってしまうかもしれない。
君の声がもう一度聴きたくて。君の笑顔が見たくて。
ただただ、君に逢いたくて。
そんな事をただ考えただけなのに、私はなんでか泣けてきて、世界がどんどん歪んでいく。
そんなくだらない例え話。ただの妄想。ふざけた妄想。
わかっているのに、どうしようもなく悲しくって、苦しくって。
歪んだ世界の中で、君がただ気持ちよさそうに寝息をたてているのがなんだかちょっと悔しくなってきた。
つんと一つ、ほっぺを突いてみる。
『ん……』って声がして、ピクリと一つ身じろぐ君。
それでも全然、起きる気配がない。
寂しくて、苦しくて。
そんな感情に私の心は真っ黒に塗りつぶされていく。
そんな私に気付きもせず、すーすーと寝息を立てる君が、なにかすごく憎たらしくなって。
ぐにって頬を抓ってやろうと手を伸ばしかけて、辞めた。
だってアリスは何も悪くない。
悪いのは、こんな事を考えている自分自身だ。
なにかバツが悪くなって、ぐっと帽子を深く被り直す。
今だけは、君に起きて欲しくない。
だってきっと、今、私はすごく酷い顔をしているだろうから。
「……魔理沙?」
それなのに、君はいつだってこんな私に気付いてしまうんだ。
なんでかこんな情けない私になってしまっている時に限って、いつもいつも。
もしかして、君には何かのセンサーがついているんではなかろうか?
例えば、私専用情けなさ感度センサーみたいなそんなもの。……我ながら酷いセンスにあきれてしまう。
「……会いに来てやったぜ」
「ん、いらっしゃい」
自分の考えている事の全てがもう情けなさ過ぎて、虚勢を張って言ったそんな台詞に返ってきたのは優しい声。
いつもなら、勝手に入ってきた事もこんな偉そうな態度も叱るくせに、その優しさが凄く痛い。
居た堪れなくなってくるりと君に背を向ける。
君の優しささえも素直に受け入れられない自分に、嫌気がさす。
「家の中で帽子、禁止」
そんな私の態度を気にした素振りもなく、顔を隠してくれていた帽子をあっさり取り上げられて。
「私に背を向けるのも、禁止」
そう言いながらも、そのままぎゅっと後ろから抱きしめてくれる。
「……禁止禁止ばっかだな」
「寝顔を盗み見る事は禁止してなかったじゃない」
されるがままが悔しくって憎まれ口をきいてみれば、悪びれた様子もなくそんな返答。
つまり、最初から起きていたって事か。全部全部、見られていたって事か。
なんだよ、ますます情けなさが増しちまうじゃないか。
誰よりも一番情けない所、見せたくないのは君なのに。
何でか一番そんなところを見せているのが君な事実は、どうやったら消せるのだろうなんて結構本気で考える。
それでもやっぱりそれは消せはしない事で、どうしようもなく情けないのにかわりはなく。
「たぬき寝入り、禁止」
「最初は本当に寝てたのよ?目覚めのキスは禁止してなかったから、ちょっとだけ目を開けないで待っていただけ」
後ろでくすくすと笑う君。
一体、今何を考えているのだろうか?
また涙が出てきそうな私に、絶対に気付いているはずだって事はわかっているんだ。
だって、私の震える声に君が気付かないはずがないんだから。
「でもね」
ギュッと、抱きしめられる腕の力が強くなった。
ちょっと苦しいくらいに感じる、そんな力加減。
「そんな情けないところも、全部好きよ」
ぐいと肩に押し付けられた彼女の頭の方から、ちょっとくぐもったそんな言葉。
ああもう、本当にどうして。
君はこんなにも、私の事がわかってしまうのだろう。
私は君の事、きっと何もわかってあげられていないのに。
君が欲しい言葉を、して欲しい事を、してあげられていないかもしれないのに。
それでも、そんな情けない私でも良しとしよう。
だって君は、そんな私も好きでいてくれるんだから。
「なあ、アリス」
やっと震えの止まった声で、君に問う。
「例えば私がいなくなったら、どうする?」
先程まで考えていた、きっと絶対に来ないであろう未来の話。
君ならどうするのだろうと、少し気になったから、訊いてみた。
「……死んじゃう」
正直、予想外の君の答え。少し震えている声に、正直私はどうしようもなく焦ってしまったけれど。
それでも勝手に顔がニヤけてしまうのは、どうにもこうにも抑え切れない。
だってまさか、君がそんな事を言ってくれるだなんて思ってもみなかったんだ。
例えば君がいなくなったら。
そんな事、もう考えるのはやめようと思う。
ちゃんと彼女に向き直って、ぎゅっとぎゅっと抱きしめ返してやろう。
変な事言ってごめんって、素直に謝ろう。
きっと今、彼女がして欲しいのはそれだろうから。
fin...
2011.09.23. up.
そんな例え話。
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