不正解

今、きっと私は試されているんだ。

ざばーっと頭からお湯を被りつつ、私はそんな答えに辿り着いた。

だってそうとしか思えない。アリスと一緒にお風呂って。お風呂って……!
いいか落ち着け霧雨魔理沙。どうしてこうなったのか、きちんと考えるんだ。

そう。これは別に何かのドッキリイベントとかじゃない。
ただアリスを外に連れ出して、ちょっとそのまま雪遊びを始めたら体が冷えて。
しょうがないからお風呂に入ってけって言われて、どうせならって一緒にってなってしまっただけであって……!

だが、しかし。

今から一緒にお風呂に入るって事は、お互いその……生まれたままの姿って事で。
つまりあれだ。その、裸ってことで。でもってでもって……私達はその……一応好きあってるわけで……!

つまりこの状況って言うのは、その……。

「そういうの、期待してもいいって事じゃ……!」

思わず本音がぽろりと漏れて、あわてて口を両手で塞ぐ。
首をぶんぶんと振り回して辺りを見渡した。
そしてそのまま、頭を抱えてうつむく。

いやいや、だから落ち着けよ私。
今浴室には私一人きり。アリスはまだ脱衣所で準備をしている最中なんだから、誰も聞いてるわけないだろうが。

「……何やってんだよ、私」

自分自身が馬鹿らしくなってくる。何を浮かれてしまっているんだろうか?
アリスに全く他意はない。裏もない。むしろ無さ過ぎて悲しくなる程にないってわかってる。それなのに一人で浮かれて、あたふたして。

何でも無い事なはずなのに、なんでか目頭が熱くなってくる。
それを誤魔化すかのように、もう一度お湯を汲んでざばーっと頭から被る。

「……はぁ」

おっきなため息が漏れた。
本当、私の馬鹿。

気を取り直して、頭でも洗うことにしよう。
アリスが来る前にソレくらい終わらせておかなきゃ、お互いいつまで経っても湯船に浸かれなくなってしまうし。
一緒に浸かればいいとか言われそうだけれど、多分そんなの私の理性がもたない。

シャンプーを探すために顔を上げる。
目の前にある鏡が、ちょっと情けない顔をした私を映し出す。

こんな顔でいたら、きっとアリスの奴が心配するから。「笑え、霧雨魔理沙」

そう自分に言い聞かせて、笑顔を作る。
鏡の中の私は、いつもと同じように笑って見せた。

「……ん?」

ふと、鏡の中の私の後ろで動く影に気付く。
なんだろうと一瞬考え、すぐに思い当たった。

私の後ろには、くもりガラスのついたドアがあるわけで。
そのドアの先にあるのは、脱衣所なわけで。

つまり、後ろで動く影は。

ごくりと、思わず生唾を飲む。
湯船にまだ浸かってもいないのに、自分の頬が今すごく熱い。

服を脱ぐような動作をしているその影に、私の視線は釘付けになっていた。
ぐっと両腕を持ち上げるような動作は、多分上着を脱いだからだろう。
膨らみがなくなって、すらりとした影だけになった下半身は、スカートをもう履いていないから。そして今、そっと後ろに回した両腕は、多分……!

「……っ!」

そこまで来て、私は耐え切れなくなって俯く。ぎゅっとぎゅっと目を瞑る。
そのまま手探りで探し当てたシャンプーを手に取って、そのままごしゅごしゅと頭を乱暴に洗った。

ああもう!本当に冷静になれよ私!このままじゃ今から起きるであろう一大イベントを乗り越えられないじゃないか!

ざばざばと頭から熱いお湯を流してシャンプーを洗い流す。
ついでにこの煩悩も洗い流されてしまったらいいのに……!

でも。

別に覗きってわけじゃなくって、偶然見えたわけだし。
何もやましい事なんて、ないわけだし。
それにどうせ、今から全部見るわけだし。

そうだ。その通りじゃないか。あのドアが開く瞬間、私が偶然鏡を見つめていたって何もおかしなところなんて……!

カッと、目を見開く。
そのまま顔を上げて、鏡の中を覗けばアリスの影があるはずだ。

だけれど。

「……ん?」

うつむいたままの私の目に最初に映ったのは、何故だかピンク色をしたお湯。

「ん?」

顔を上げた先、鏡の中の私の鼻の下にはつーっと流れ落ちていく赤い液体。

「んー?」

その液体に触れて見れば、それは生暖かく。
あとからあとから、私の鼻から流れ出てきていたりするわけで。

つまりこれは、私の鼻血というわけでして。

「ぅえ?!」

驚いて思わずそんな声を上げてしまう。
いやだって、全く思いもしなかったトラブルでして!

「魔理沙?」そんな私の声を聞きつけたのか、がちゃりとアリスがドアを開ける。

「うあっ」

慌てて後ろを振り向けば、アリスと目が合ってしまう。
そのアリスのお姿は、勿論一糸纏わぬお姿で。
あ、いや。タオルはちゃんと巻いてたけれど、逆にそれが何か違う魅力を引き立ててしまっているというかなんというか……。

ごめん、無理。アリスさん。
今の状態でそんな格好見せられたら、あれです。

「鼻血、止まんない……」
「え?!ちょ、何やってるのよ魔理沙!」


アリスが慌てた様子で鼻を押さえた私の方に向かってくる。
そんな様子をぼんやりと見ながら、思った。
滅多に見れないアリスの慌てる顔も可愛いな、なんて。



「本当に馬鹿ね、あなた」

思いっきりため息を吐きながら、アリスがそんな事を言う。「うるへー」

力無くそう返すものの、自分でもその通り過ぎる事はわかっている。

あれから結局、私はそのままリビングのソファーまで直行させられた。
お説教しながらもティッシュで優しく鼻を押さえてくれる、タオル姿のアリス。
正直、その姿で居られると治まる鼻血も治まらないのだが。

「温まる為に入ったお風呂でのぼせて鼻血出すなんて……本当、お馬鹿」
「………」

それでも、本気で心配してくれているアリスにそんな事言えなくって、私はただ押し黙る。
なんかもう、本当に申し訳なさでいっぱいになってきた。

「魔理沙?」

大人しい私を不思議に思ったのか、アリスが顔を覗きこんできて。
思わず私は後ろに少し仰け反ってしまう。だって、その……胸が……!

「ああ、もう。ほら動かないの!」

ぐいっと仰け反った分また引き寄せられる。
これはもう、ちょっと本当にまずい。

「あ、アリス!」
「きゃっ」

ぐっと肩を掴んで、アリスを正面に捕らえる。
私達はじっと、ただ見つめあう。

その間、たっぷり5秒。いや、10秒くらいかもしれない。
時間感覚などあんまり無くなってしまう程に、私はもういっぱいいっぱいで。
今すぐ、あなたを抱きしめたくって。

「……服、着てきてください」
「……あなたはちゃんと鼻押さえててね?」

でも、そんな事はこんな情けなさ過ぎる格好で出来るはずも無く。
ダラダラと流れ続ける鼻血はあまりにも間抜けすぎた。

「ああもう、わかってるから早く行けよ!本当に風邪引くぜ?」乱暴にアリスからティッシュをひったくって、悔し紛れにそう言えば、はいはいと適当にしてアリスが立ち上がる。

「……ごめんな。あとありがと」

アリスがドアに手をかけたのを見計らって、小さな声でそう呟く。
聞こえないと思ったのに、ちゃんと聞こえてしまっていたようで。

「いいのよ、別に」

こちらに向き直って、笑顔でそんな事を言うから。

どくんって、またひとつ心臓大きく脈を打つ。
ああもう、そういう事ばかりするからいつまで経ってもこの鼻血が止まらないんじゃないか。



「あ、そうだ」

今度こそ行ったと思ったアリスがまた振り向いて、

「その鼻血、本当にのぼせただけだったの?」

そんな意地悪な事を言ってくるから。「アリスのあほっ!」

そう言ってクッションを投げつけたら、くすくすと笑いながらアリスは風呂場へと戻っていく。

ああもう、つまり。
どうやら私はからかわれていただけだったようで。

私が最初に辿り着いた答えは不正解。

本当の答えは、先程無理矢理外に連れて行った私への仕返し。そう言うことなんだろう。

一人答えを出した私は、そのままその場でうな垂れる。

「本当、魔理沙のばーか……」

扉の向こう側で、アリスがそんな事を呟いていたことも知らずに、一人で。

End.

2012.1.4. up.

つまりはただ魔理沙がお馬鹿なだけな小話。

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