なんにもないまほう


 こうやってぼんやりとキミを見つめていても、こっちを向けばいいのになんて思う事をやめたのは、いつの事だっただろう。
 こうしていて今みたいに目が合って、にこりと微笑んだキミに。なに?っていう風に首を傾げるキミに。
 胸がもやもやするような、ぎゅっぎゅっと握りしめられるような感覚を覚えなくなったのもいつからだったろう。

「『ときめく』ってどんなんだったっけなぁ……」
「あなた、唐突に何を言い出すのよ」
 
 そんな事を考えていたらこぼれ落ちた私の唐突な言葉に、キミの顔の眉が寄せられるのを見るのが怖くなくなったのも、いつからの事だったのか。
 やっぱりさっぱり思い出せなくて、ますます疑問は募るばかりだ。

 いつも通りの小休憩。
 お茶の準備をする目の前の人物は、アリス・マーガトロイド。そして、それをぼんやりとテーブルに肘をつきながら待つ私は、霧雨魔理沙。
 本当にいつも通りのこれを、『いつも』にしたのっていつからなんだ。

「……なあ、アリス。私は幸せだぜ?」
「そう。それは良かったわね」
「でもって多分、アリスも幸せだと私は思ってるわけだ」
「あなたが少しでも私の手伝いをしようとしてくれるなら、もっと幸せになれる気がするわ」
「アリスを更に幸せに出来ないのは残念なんだが、私は今忙しい。他をあたってくれ」
「あなた、本当にいつまで経ってもそういうところは一切変わらないわよね……」

 そう言って私はいつもみたいにニシシって笑ってみせて、キミは呆れたようにはぁ……って長いため息を吐く。こんなやりとりがなんだかやっぱり当たり前で、ああこれも、いつからだったのか。

「なあ、最近私にときめいた事とか覚えてるか?」
「だからあなたは何を唐突に……」
「なんか、この間早苗が外にいた時に読んでたんだっていうショウジョマンガ?とかっていうやつを霊夢のところに持ってきててだな?なんか懐かしいとかなんとか言って一人で一生懸命解説をしててだな?」

 事の経緯をアリスに一応ざっと説明してみたけれど、アリスはだからなに?と言わんばかりの顔をしてみせる。
 いやいや、簡単な事だろうが。なんかただ単純に、その本に描かれてた淡い恋愛感情っていうか?なんか今ではそれがもう懐かしいっていうかさ。

「なんか甘酸っぱい感じだっただろ、昔は」
「へぇ」
「いや、へぇ、じゃなくてだな……」

 やっぱりいまいちピンとこないらしいアリスは簡単にそれだけいうと、止めていた手をまた動かし始める。ああ、なんだか心底どうでも良さそうだな、こいつ。
 とはいえ話を聞いてくれる気は一応あるらしく、で?って視線で聞いてくる。

「なあ、アリス。私とお前の関係ってなんだっけ?」
「一応恋人とか、そういうものでしょう」
「そうだよなぁ。お前は私の恋人なんだよなぁ」
「何よ、あなた私を母親かなんかだと思ってるわけ?」
「いえいえ滅相もございません」

 たまーに、口うるさすぎる時に最近ちょっとそういうこと考えなくもないけどもなんていう、私のそんな考えが読めてしまったらしいアリスがこちらを睨んでいくる。
 それをコホンとひとつ咳払いをしてごまかして。
 え−っと、だからだな?

「私さ、アリスと最近手を繋いでないなって思ったんだ」
「……繋ぎたいの?」

 はい、なんて差し出されるアリスの手。思わず反射でその手と握手をする。
 いやまて、違う違う。そうじゃなくってさ。

「多分ちゅーってもぎゅーってもしてないなって」
「したいの?」
「いやまあ、今はそういう気分じゃないな」
「じゃあ別にいいじゃない」

 握手したままの手をブラブラと揺らしながら、なんだかそんなマヌケな会話をした。
 あれ、私結局何が言いたいんだっけ?

「ほら、いいからもうお茶にするわよ」
「ほいほい」

 そう言ってぱっと手を離されても、昔みたいに切ないななんてもう思わない。ああもう、やっぱりこれもいつからだったかなんて事は覚えてないや。多分最初は、こんな事でいちいち泣きたくなるくらいに切なくなったはずだったんだけれども。

「お!今日はイチジクのタルト!」
「ええ。あなたが昨日早苗から貰ってきてくれた物なの」

 今はとりあえず、考えるのはやめにして毎年この時期にアリスが作ってくれるこのタルトを食べてしまおう。
 紅茶も少し冷めてしまったけれど、私にはこのくらいがちょうどいい。

 いっただきまーす!なんて言いながらパクリと一口。ああやっぱり、いつもとおんなじでとってもおいしい。

「毎度思っちゃいるけれど、お前って本当にこういうの作るのうまいよな。私が作ってもこうはいかないぜ」
「あら、ありがとう。でも魔理沙が作ったってきっとおいしいわよ。あなた絶対に作らないでしょうけど」
「わからんぜ?もしかしたらそのうちその気になるかもしれん」
「そんな日が来たのなら、多分幻想郷に槍が降るわね」
「何もそこまで言うことないだろ、おい」

 ふたりでこんな風にふざけ合って、過ぎていく日々の中。

 好きだよって伝え合って、もう何年経っただろう。
 初めて手を握って、キスをして。その先にだって進んで。
 一緒に住もうってキミが言ってくれてから、今、もう何年だ?
 多分もう、行き着くとこまで行き着いてるような感じがする。

 見つめて、目が合って、笑い合うなんて事や、繋いでおかなくても、いつだって繋げるアリスの手。
 当然のようにしてくれるお茶の準備や、いつだっておいしいアリスのお菓子は。
 やっぱりもう私にとっては特別でもなんでもないし、いつからそうなったのかなんて事は思い出せない。

 きっとこれは、魔法のせい。
 呪文も紡げない、魔法陣さえもない魔法のせいなんだろうってのはわかってるんだけれど。
 ほんの少しだけ、そんな事を寂しく思う。たまにはあの頃の気持ちをまた感じたいなって、本当にほんの少しだけ。

 でもまあ、ソレはソレとして。

「なあ、アリス」
「なによ」
「今、幸せか?」

 そんな私に、今更何をっていう視点をよこしてから。

「出来ればこれからも幸せでありたいわね」

 すぐに逸して、そんな事を言うアリス。

 こんなアリスとしか紡げない、そんな魔法のせいだから。
 まあいっかって、そんな結論。



 あ、そうだ。
 そういえば一回だけ、最近それっぽいのを感じた事、あったんだった。

 寝室の出窓に額に入れて置いた、あの日アリスにあげた赤いアネモネの押し花。
 あれを大事そうにそっと撫でるアリスがどうしようもなく愛しいなって、そんな風に。


End.
2016.10.15. up.

久々のマリアリ新作。短いけど。
魔理沙とアリスの日に投稿。ギリギリ間に合いましたね!!!
蛇足ですが、言い出しっぺはいつもあなたから数年経ったマリアリ夫婦。

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