オオカミ少女


昨日の出来事だ。

「好きだ」

自分の口から唐突に飛び出したのは、伝える予定のなかったそんな気持ち。

ただじっと、作業を続けるアリスの後姿を見ていただけだった。
たったそれだけなのに、どうしてそんな言葉が飛び出したのか?
ほんのちょっとだけ、真剣な表情のアリスは綺麗だななんて考えていただけだったはずなのに。

空気が固まった。少なくとも、私の周りの空気はガチンガチンに固まっていた。

やばい。どうしよう。何を言ったらごまかせる。何をどうしたらなかった事になる!

そんな思いが私の頭の中をぐるぐると駆け回って、ぐちゃぐちゃにかき混ぜて。

「まり――」

アリスが私の名を呼ぼうとした瞬間に、そんなぐちゃぐちゃに混ざってしまった私の頭はとんでもない答えをはじき出す。

「うわあああああああああああああああ」

走った。箒をとった。外に出た。
そしてそのまま宙に舞い。全速力で、空を駆けた。

……簡潔に一言で言おう。
逃げた。
アリスから、全速力で。

思い出しただけで若干死にたくなるほどの何かに襲われる、そんな苦い記憶。
それは、確かに昨日の出来事なのだ。

……昨日の出来事、だったはずなのに。

「今日はどのお茶にしましょうか?」

何事もなかったようにそんな事を聞いてくるとは、一体どういう事なのだ。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆


覚悟を決めるのに、一晩かかった。
目を見る覚悟。素直になる覚悟。笑う覚悟。泣く覚悟。これから起こりうるであろう様々な事への、覚悟。
そんな覚悟を決めるのに、一晩。
窓から差し込む光に勇気を貰い、顔を洗ってお洒落をして。
精一杯の勇気を振り絞って、家を出た。

何度も泣きそうになった。
怖くて怖くて、逃げたくなった。
やっぱり明日にしようかなんて、何度考えたかわからない。

それでも私は今、ここにいる。
アリスの前に、ちゃんと向かい合って座っているんだ。

それなのに。

「魔理沙?ちゃんと聞いてるの?」

目の前でのん気に茶の準備をするこいつは、いつもと何も変わらない。
正直、拍子抜けだ。
なんだ。どうして何も言ってこない。どうしてこうもいつも通りなんだ。

「ねえ、魔理沙ってば!」
「ああもう!なんだよ!」

怒鳴ってから、しまったと我に返る。
何も怒鳴る事はなかったじゃないか、私。
急な私の怒鳴り声に驚いたのかアリスはその場に固まってしまっている。

「あ、ごめん……。今ちょっと考え事をしてたもんだから、その……」

そんなアリスに向かって、思わず言い訳をしてしまう。
我ながら酷い言い訳だけれども、他にはどうにも言いようがなくて。

「変」
「なっ?!」

そんな私の言葉に返ってきたのは、お叱りのお言葉ではなくそんな言葉。
思いがけないそんな言葉に、思わず私も変な声が出た。

「な、なんだよ変って!失礼な奴だな!」
「だって変なんだもの。昨日からあなた、変」

しかも昨日からときたもんだ。
昨日といえば、まあ、その、やっぱり昨日の告白についてだろうってのは簡単に予想がつく。
確かに、脈絡もない告白だったし。しかも逃げたし。確かにまあ……行動は変だったかもしれないけど!
だとしても、変って。
本人に面と向かって変って……!

「い、いくらなんでもそれは酷いだろ!」

ちょっとさっきとは違う意味で、泣きたい気分。
実際視界も少しゆがんでいる。
かといってここで泣くのは、あまりにも情けなさ過ぎる!

「だって魔理沙、昨日はあんな嘘一つに変に気合入れた演技するし……」

そのアリスの言葉で、私の涙は吹っ飛んだ。
いや、待て。今何て言った?

「なに驚いてるのよ?嘘を見抜かれたのがそんなに意外だったの?」

質問をする前に、アリスはご丁寧に私にそんな説明をしてくれる。

「バレバレよ、あんな嘘。昨日はエイプリルフールだったから、ちゃんと身構えていたしね」

得意そうにふふんっと鼻を鳴らして、そんな間違った解釈を私に自慢げに話すのだ。

「えいぷりる……ふーる……?」

思わず呆然としたまま、ぽつりと呟く。

えいぷりるふーる。
それは一年に一度、嘘をついても許される日の名称……だったはず。

「まあ、ちょっと騙されかけたのは認めるわ。だって逃げるだなんて演出までするんだもの」

くすくすと笑って、アリスは楽しそうにそんな事を言う。

「昨日がエイプリルフールじゃなかったら騙されてたわ、きっと。あんな演出まで考えるなんて、さすがオオカミ少女ね」

そんな事を、アリスがあっさり言ってくれるから。

「……そじゃない」

ぷるぷると震える拳。
頭の中が今、怒りで真っ白になってるのがわかる。

「私はアリスが好きなんだよ!!!」

私の気持ちは、嘘なんかじゃない。
アリスが好きだ。
一点の曇りもない、心からの想いなのに。

「私のこの思いは、そんなに嘘みたいなのかよ!」

私さ、昨日帰ってから、ずっとずっとアリスの事だけを考えてた。
どきどきして、落ち込んで、でももしかしたらなんて心躍らせながら、ずっと。
それを、エイプリルフールの嘘だったんでしょ?ですませるなんて!

オオカミ少女と、こいつは今私をそう言った。
確かに嘘は、つくかもしれない。
でも、こんな大事な事まで嘘をつくほど、私は。

私は。

「……嘘みたい」

そんなアリスの呟きと表情に、一気に我に返る。

私、今、本当に。
アリスに面と向かって、告白してしまった。

一気に顔中に熱が集まる。
自分でもわかるほどに、今私は真っ赤だろう。
でもそれと同じくらいに、目の前にいるアリスも真っ赤になっていて。

これは、もう、完全に。
私の想いが、ちゃんと言葉通りに伝わった証。

あ。やばい。どうしよう。これ、どうしたらいい!

「あの……」

アリスが口を開いたその瞬間。

「うわああああああああああああああああ」

私はまた、玄関に向かって走り出す。
その言葉を聞くのに、もう一晩。
もう一晩だけ、覚悟を決める時間が欲しい。

「ちょっ……!上海!」

でも、それはあっさりアリスの指示を受けた人形に遮られる。
どうしよう。もう、逃げ場がない。

「あ、あの!ま、待て!」
「むり」

そんな短い言葉とともに、アリスはゆっくり立ち上がり。

「その、今のはあれだ!だからその、ちょっと待ってくれ!心の準備がその!」

しどろもどろに言い訳をする私の元に、一歩一歩アリスは確実近づいてきて。

「もう、逃がせない」

アリスから、ぎゅっと抱きしめられる。
その感覚に、私は心も身体も完全に捕らえられた。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆


「あ、あの……アリスさん?」

歯切れ悪く、魔理沙がそんな言葉をかけてくる。
私はただ黙って、魔理沙を抱きしめ続けるだけ。

ねえ、魔理沙。

本当はね、昨日はちゃんと騙されてた。

『遊びにきたぜ!』

でも、あなたはいつも通りに遊びに来たから。
昨日はエイプリルフールだったんだなんて事に気づいて、傷ついて。

騙されていない振りをしたかった。
あなたの嘘になんて、もう騙されないと言いたかったのに。

「私も、あなたが好きよ」

今はもう、そんな事はどうでもいい。

たとえ、これが嘘だとしても。
今腕の中にいるこのオオカミ少女の嘘になら、ずっとずっと騙されていたい。

そんな風に、今は思えるのだから。

END.

2012.4.3. up.

エイプリルフールネタ。
オオカミ少女は二人いる。

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